特別編-Question 1 
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(風邪,下痢)

吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)

 

Answer

被災直後には風邪や下痢などの感染症,低体温症が課題となり,漢方治療が活用できます。日本東洋医学会HP上に「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案」が公開されています。特に冬期の避難生活では体が冷えやすく,体力も消耗し,風邪や急性胃腸炎に罹患しやすい状況にあります。漢方医学的には冷え(寒)が主体の病態である陰証に用いる麻黄附子細辛湯や真武湯の風邪や下痢が多くなると考えられます。

 

このたびの能登半島地震において,被害に遭われた方々へ心よりお見舞い申し上げます。被災地での医療活動に漢方を役立てていただければと考え,本連載の特別編として被災時や避難時に役立つ内容を解説してきたいと思います。

 

漢方は現代のように検査機器などない時代から発達した医学であり,パンデミックや災害,戦乱などを背景に活用されてきた歴史があります。近年でも東北大学から東日本大震災時における東洋医学による医療活動が報告され,ライフラインが復旧せず医療機器の使用が困難な中で,医師の五感を駆使した病状把握による漢方,鍼灸,按摩など東洋医学による医療活動は有効な診断・治療方法であったとの報告があります1)。そこでは,被災直後には風邪,下痢などの感染症と低体温症,2週間後からは咳嗽,鼻汁などのアレルギー症状,1カ月以降は苛立ちや不眠などの精神症状や慢性疼痛に対する医療ニーズが増加したと報告されています。日本東洋医学会からも2024年1月3日付けでHP上に「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案2)を公開していますが,その中から,特に有用と考えられる漢方薬を何回かにわたって紹介したいと思います。今回は風邪や下痢に対する漢方治療を紹介します。

 

避難生活は体力も消耗しやすいですが,特に気温が下がるこの時期は体が冷えやすく,風邪や急性胃腸炎に罹患しやすい状況にあります。そのような状況下では,漢方医学的には寒(冷え)が主体である陰証(いんしょう)の病態を生じやすくなります。

 

陰証の風邪には麻黄附子細辛湯
陰証の風邪は,闘病反応が弱く,治癒に必要な温熱産生ができない病態と考えて,生体を強力に温める作用がある麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう;No.127)が適応になります。横になっていたいほどの全身倦怠感を伴うことが本薬の処方にあたっての最大の特徴です。その他,顔面蒼白,水様性鼻汁,咽頭痛はあっても軽度といった特徴もあります38℃以上の発熱は稀で,微熱があったとしても四肢を触診するとひんやり冷感を感じる場合が多いです。東日本大震災時の東北大学による医療活動の報告でも,麻黄附子細辛湯は震災後2週間までの漢方処方で葛根湯(かっこんとう;No.1)や小青竜湯(しょうせいりゅうとう;No.19)に次いで6番目に多く処方され,頻用されています1)。もちろん闘病反応が強く,悪寒がして汗がなく,そして項背のこわばりが目立つ場合に用いる葛根湯,さらに強い悪寒と腰痛や節々が痛む場合に用いる麻黄湯(まおうとう;No.27)が適応になるケースもあるかと思いますが,麻黄附子細辛湯の適応となる陰証の風邪と鑑別して,漢方薬を有効活用していただきたいと思います。風邪に対する漢方薬に関しては,日本東洋医学会が「感冒に用いる漢方薬の選択(非漢方専門医向け)」3)を2023年12月に公開していますので,詳細はそちらをご参照ください。

 

なお,麻黄附子細辛湯には通常のエキス製剤のほか,カプセル製剤(小太郎NC127)もあります。漢方エキス製剤が飲みにくいといった場合に活用できます。また服用上の注意点として,漢方エキス製剤はお湯に溶いて服用することが原則ですが,避難所などでお湯が入手困難な場合は顆粒を口に含んで,そのまま水で服用してもやむをえないと考えます(詳細は本連載「Q1漢方エキス製剤は必ずお湯に溶いて内服する必要がありますか?」参照)。

 

陰証の急性胃腸炎には真武湯
下痢に関しても同様に,冷えに注意します。急性胃腸炎による嘔吐や下痢に対して最近では五苓散(ごれいさん;No.17)が広く活用されています。五苓散は漢方医学的な陽証の水の異常に対する利水剤の代表で「口渇,自汗(自然発汗の傾向),尿不利(尿量が少ない)」が3徴です。嘔吐や下痢などの症状が強い時期は五苓散の適応が多いのですが,時間が少し経過して全身倦怠感と冷えが目立ってくれば麻黄附子細辛湯と同様に附子(ぶし)を含む陰証に対する利水剤である真武湯(しんぶとう;No.30)が適応になります。急性の症状は過ぎたものの下痢が長引いて,下痢をした後にぐったりとなってしまうような場合が真武湯のよい適応です。以前,下痢や嘔吐後に補液をしてもぐったりしているような小児には真武湯がよいという漢方治療の口訣を学会発表で聞いたことがあります。

 

コロナ禍で漢方薬の流通制限も続いていますが,風邪や胃腸炎による症状に対して「冷え」や「全身倦怠感」に着目しながら,陰証の漢方薬である麻黄附子細辛湯や真武湯を活用していただければと思います。

 

■文献
1) 高山真,他:東日本大震災における東洋医学による医療活動.日東洋医誌 62(5):621-626,2011
2) 日本東洋医学会:能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案
3) 日本東洋医学会:感冒に用いる漢方薬の選択(非漢方専門医向け)

 


吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017

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