第1回 なぜ「総合診療」を描くのか? 
―漫画『19番目カルテ』創作秘話

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 総合診療医を主人公とする漫画『19番目のカルテ―徳重晃の問診』が、TBS系列「日曜劇場」にてドラマ化され、大きな反響を呼びました。そこで本連載では、その原作漫画家の富士屋カツヒト氏と、常に「総合診療」の最前線を走り続け、ドラマの医療監修も務めた生坂政臣氏をお招きし、『19番目のカルテ』、そして「総合診療」について、語り合っていただきます。第1回となる今回は、まず漫画『19番目のカルテ』に焦点を当て、なぜ「総合診療」を描くのか患者さんの物語と医学的リアリティを両立する創作プロセスなどをお聞きました。(編集室)

富士屋カツヒト
(漫画家、漫画『19番目のカルテ』著者)

生坂政臣
(千葉大学名誉教授、生坂医院、日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会委員長、ドラマ『19番目のカルテ』医療監修)

 

――「総合診療専門医」が「19番目」の専門領域として新設され、その養成が始まったのは2018年、漫画『19番目のカルテ』の連載が始まったのは2019年です。富士屋先生は、なぜ「総合診療」を題材に選ばれたのでしょうか?

富士屋 ゼノン編集部から、総合診療をテーマに描きませんか、とご依頼いただいたのがきっかけです。当時は「総合診療」という言葉も知らなかったのですが、調べてみると、これは面白い領域だと思いました。

 オファーをお受けしたのには、大きく2つ理由があります。1つは、「患者さん」のドラマを描きやすいと思ったこと。もう1つは、総合診療を起点とすれば、「他科」を含む医療者のドラマを描くことができると考えたからです。ひいては病院全体、医療全体を描くことができるかもしれない。これは規模の大きな物語になりそうだと思いました。


第1話「なんでも治せるお医者さん」より©富士屋カツヒト/コアミックス

2019年に連載スタート、2020年に第1巻が刊行された。(画像はクリックすると拡大して読めます)

漫画も“専門分化”が進んでいた

生坂 ゼノン編集部は、なぜ「総合診療」に注目されたのでしょうか?

横山(ゼノン編集部) 『19番目のカルテ』を企画・編集している横山と申します。「医療漫画」は、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』を始祖として、漫画の一大ジャンルになっています。それだけに、さまざまな領域が漫画化されていて、ドラマ化されたものだけでも、外科医が主人公だったり(『医龍』『JIN』)、産科が舞台となったり(『コウノドリ』『透明なゆりかご』)、精神科(『リエゾン』『Shrink』)、病理(『フラジャイル』)、放射線科(『ラジエーションハウス』)…と細分化されています。いろいろ面白い作品がある中で、自分たちで医療漫画をつくるとしたら…と考えていた時に「総合診療」に出会いました。
 実は、『19番目のカルテ』の医療原案をお願いしている川下剛史先生は、私の中高時代の同級生なんです。自治医科大学を卒業されています。彼に、19番目の専門領域として「総合診療」が新設されたことを聞きました。

生坂 なんて素晴らしいご縁でしょう。医学界と同様に、漫画も“専門分化”してきたわけですね。そうしたなかで、「総合診療」は斬新だったと。

富士屋 現実世界を題材としているわけですから、医学界と漫画界が相似形になるのは必然的なことです。各専門領域のみなさんが、これまでしっかりやってこられたからこそ、その蓄積から素材をいただいて漫画にできているのだと思います。

 ただ、そのために、ドラマ第1話でも描かれたように「整形外科医は風邪を診られない」といった現象も起きていると聞きました。総合診療には、併発するたくさんの病気を一括して診られる、または他科の合間を縫うてつなぎ合わせるような可能性があると知って、これは面白いと思いました。


第1話「なんでも治せるお医者さん」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第1話(1巻に収載)では、ドラマ第1話のサブストーリーとなった整形外科に入院中の高齢患者(演=六平直政)のエピソードが描かれた。転倒による骨折で入院中に咽頭痛を訴える患者を、整形外科医・滝野(演=小芝風花)は耳鼻咽喉科に紹介しようとするが、総合診療医・徳重(演=松本潤)に出会い、その症状が実は「風邪」ではないとわかり…。

「人間ドラマ」のリアリティと
「医学的」リアリティを両立する創作プロセス

生坂 漫画はあまり読まないのですが、教室員から『19番目のカルテ』を教えられた時は一読して衝撃を受け、すぐに全巻そろえました。総合診療医が目を向けるべき患者の物語が、豊かに描き込まれていたからです。

 ただ、「ドラマ」としては割と地味ですよね? 海外医療ドラマで言えば、『ER』のように派手な救命・手術シーンがあったり、『Dr.HOUSE』のように華麗に診断をつけたり、ダイナミックなものでないと、なかなか大衆受けしないのではないかと思っていました。

横山 たしかに読者の方々も、現実離れした“ゴッドハンド”的な漫画の主人公には慣れ親しんでいるかと思います。ただ、先ほどあげた作品などのような、「現実」と地続きの医療漫画を求めている層も多くなってきていると感じていました。

 それだけに『19番目のカルテ』は、人間ドラマをリアルに描ける作家さんにお願いしたいと考えました。キャラクターづくりや心理描写、感情表現が巧みな作家さんを探すなかで富士屋先生を見つけ、「あ、いた!」と白羽の矢を立てたわけです。

富士屋 うだつのあがらない漫画家がそこにいたと…(笑)。

横山 富士屋先生の過去作を、同人誌を含め拝読しました。特に、ご自身の育児体験を描いたエッセイ漫画『打ち切り漫画家(28歳)、パパになる。』(白泉社、2017)は、リアルかつ感動的でした。

富士屋 週刊誌連載が打ち切りになった直後…つまり無職の時に子どもを授かりまして、そのすったもんだを描いた作品です。

横山 普通ならカッコつけて隠したいようなことも、ご自身の感情を含め洗いざらい描かれていました。読者が自己投影し感情移入できるキャラクターを描けるところが、富士屋先生の素晴らしいところです。


第3話「“痛み”の名前」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第3話(1巻に収載)の線維筋痛症の女性患者を、ドラマ(第1話)では仲里依紗さんが熱演。ともすれば「心の問題」とか「ドクターショッピング」とラベリングされかねない状況の背景にある、日常生活における痛みや就業の困難、診断がつかない不安・苦しみなどがリアルに描かれ、線維筋痛症の当事者からも大反響を呼んだ。

――『19番目のカルテ』は、医学的にもリアルです。患者さんが示す病像も、まるで見てきたように描かれています。どのように取材されていますか?

生坂 私も、ぜひそれをうかがいたかった! 

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