第5回 【発達特性をもつ学生,部下,同僚に対する悩み その①】患者とコミュニケーションできない,想定外に対応できない/学習困難,成長が遅い

【登壇者】 
金生 由紀子(東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野) 
今村 明(長崎大学 生命医科学域 保健学系 作業療法学分野) 
辻󠄀井 農亜(富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座)

 

■患者とコミュニケーションできない,想定外に対応できない

Q  発達障害をもつ医療系大学生の臨地実習における注意点などご教授いただきたいです。看護の場合,患者を受け持つ場合がほとんどで,実習を進めるうえで苦慮しています。・・・看護師(一般)
Q  看護専門学校の教員です。発達障害の可能性のある看護学生の指導に悩んでいます。特に実習での患者とのコミュニケーションに学生は苦労しています。何かアドバイスをいただけますと幸いです。・・・看護教員
Q  対象者の反応が読み取れない,対象者の表情の認知力が低く,看護援助に結びつかない学生がいます。看護技術は,手順を繰り返し練習することで実施はできますが,想定外の出来事が起こると,手が止まり,その後の実施に影響を生じます。看護技術の習得や実施について,学内での生活,授業でできることや臨地実習時の支援方法などを教示いただければと思っています。・・・看護教員(助産)
Q  (前略)学生が実習に行き看護師になることをためらう発言が近年増えていると感じる。「こんなに忙しく,大変だとは思わなかった」「看護師になるの辞めようか」。経験不足,発達障害の両面があることを感じる。(中略)学内で学生本人が自覚できるような体験が必要だと感じるが,どのような場面を設定すると学生本人が困難を自覚できるのか? 具体的な体験や事例をお聞きしたい。臨床現場では指導看護師は何を工夫して新人看護師の困難を克服しているのか,具体的な実例をお教えいただけたらリアリティショックを軽減できると感じる。・・・看護教員

金生  発達特性を持つ学生や部下,同僚への対応についての質問です。今回,非常に多くの質問が寄せられたテーマで,例えば,実習のときに患者さんとのコミュニケーションがうまく取れない場合,想定外のことが起こったときに対応ができない場合についての質問が多いです。これらについて,辻井先生お願いできますか。
辻井 多くのご質問は医療職の方からだと思いますが,特に患者さんとの関わり方について私が思うのは,コミュニケーションエラーが起こっているんだろうなと。患者さんとじゃないですよ。教える側と学生さんとの間ですれ違いがあるんだと思います。私も医療の現場で働いているので少しずれているのを自覚していますが,「医療はこういうものだ」とか,「ここは頑張らないといけないんだ」という考えが,特性のある学生さんには理解できない場合が多いです。
金生 ああ,なるほど。
辻井 例えば,ルールで決まっていることと,実際の運用が異なることがありますよね。「決まりはこうだけど,この病棟は例外的にルールが違います」といったこと,けっこうあると思うんですが,そういう「言わなくてもわかるでしょ」という不文律が強すぎると伝わらないことが多くなります。話を聞いてみると,学生さんの言い分にも一理あるんです。でも最終的には「みんなそれでやってるから」と,学生さんに我慢させてしまうことが少なくありません。これが学生さんにとっては大きな負担で,苦しむ原因になることがあります。このズレを解消するには,学生さんと話し合う時間をとることが必要です。
金生 教える側が振り返らないといけないこともあると。特に発達障害の特性を持った学生さんは,ルールに厳格ですから,教えられたルールと実際の運用のズレが問題になるんですね。
辻井 そうですね。一方で,確かに患者さんとのコミュニケーションが硬い人というのも一定数いて,教える先生方のご苦労もよくわかるのですが,私も含め医療系の教育では,コミュニケーションの方法を教えるのがあまり得意じゃないという問題もあると思います。接遇や対応方法についての教育が不足していて,私たち自身もそういう教育を受けてこなかったというのが背景にあります。最近は,患者さんやその家族が接遇を求める意識が強くなっていて,「教えられていないのに求められる」というズレが学生たちを苦しめています。学生さんが信頼する先輩や相性が良い師長さんに出会えるとガラッと良くなることがありますが,これには縁も関わるので,現実的には難しいこともあります。

 

■学習困難,成長が遅い

Q  個々の能力に応じた指導に限界を感じます。進路変更も含めて柔軟に指導をしたいと考えてはいますが,希望をもって入学している学生や保護者対応は難しいです。学習困難であったり,臨床不適応と思われる学生も留年しながら単位を取得した場合もあります。そのような学生が社会人となり,仕事上の困難を克服していけるのか,どのようなサポートがあるのか教えていただきたいです。・・・看護教員(専門学校・高等学校)
Q  発達特性のある看護師は,「自己評価や分析」を苦手とする方が多く,そのため,改善につながらないという意見を多く耳にします。特性の程度や個人差もあるので,一概には言えないかもしれませんが,自己分析や評価ができるようになる(もしくはそれにつながる)支援の方法などがあれば教えてください。・・・ 看護師(看護教育)  
Q  看護師免許があり正職員として採用されておりますが,様子を見ていると発達障害であろうと考えられる職員がいます。1年かけて丁寧に指導してきましたが,まだ仕事を任せられる状況ではなく,その状況に対する本人の自覚は感じられません。今年度の新入職員も配置された中,これまでの指導を継続するしかないのか,対応(配置も含め)を悩んでいます。・・・ 看護師(管理者・教育担当者)  

金生 教育における悩みとして,学習困難や成長が遅い,自己評価が苦手で学習が積み上がらないという声もいただきました。1年かけてもなかなか進歩が見られないといった場合,辻井先生,どうしたらよいでしょうか?
辻井 長年,教え子や部下たちが成長する姿を見て喜びを感じてきた方にとって,進みが遅い生徒やなかなか仕事を覚えられない新人さんに対する苦労はなおさら大きいと思います。資格を持っていても実際の現場で苦労する看護師の方について相談を受けたことがありました。そのような場合には,本人の不注意やコミュニケーションの取り方,想像力の欠如,こだわりなどが職場でどう問題になるかを整理することが大切です。「発達障害だから」などの漠然とした理由で片付けるのではなく,具体的にどういう特性がどういう場面で引っかかってしまうのかをお互い理解しながら問題を整理していく。問題の解決を目指すのではなく,どこに問題があるかを整理すること自体が治療的に働くと考えます。

 

金生 由紀子 
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 准教授 
東北大学医学部卒業。東京大学医学部附属病院精神神経科,北里大学大学院医療系研究科などを経て,現職。東京大学医学部附属病院こころの発達診療部・部長を兼務。児童精神科医。医学博士。日本精神神経学会精神科専門医。日本児童青年精神医学会認定医。子どものこころ専門医。チック症,OCD,ASD,ADHDなど発達期に強迫性及び衝動性が問題になる疾患を中心に児童青年精神医療を担当。家族支援及び学校保健にも関心がある。

 

 

今村 明 
長崎大学 生命医科学域 保健学系作業療法学分野 教授 
1992年長崎大学医学部卒業。2000年同大学院卒業。2016年3月~2023年4月長崎大学病院地域連携児童思春期精神医学診療部・教授。2021年10月より現職。日本精神神経学会専門医,子どものこころ専門医,臨床遺伝専門医,日本医師会認定産業医,公認心理師等。主な著書として『注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン 第5版』(「ADHD特性の脳科学的理解」共著,じほう,2022年),『おとなの発達症のための医療系支援のヒント』(単著,星和書店,2014年)など。児童相談所,家庭裁判所の嘱託医でもあり,子どもの発達,愛着,トラウマの問題に関心を持つ。 

 

辻󠄀井 農亜 
富山大学附属病院 こどものこころと発達診療学講座 客員教授 
2001年産業医科大学医学部医学科を卒業後,近畿大学医学部精神神経科学教室に入局。同大学院を経て,2022年6月より現職。日本精神神経学会・専門医・指導医,子どものこころ専門医・指導医。専門領域は児童青年精神医学,特に,注意欠如多動症を含めた発達障害と気分障害といった精神疾患の併存・つながりに関心を持つ。日本児童青年精神医学会代議員・理事,日本青年期精神療法学会理事。主な著書として中村和彦・編『子どものこころの診療のコツ 研究のコツ』(共著,金剛出版,2023年),『自閉症治療の臨床マニュアル』(共訳,明石書店,2012年)がある。 

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