特別編-Question 3 
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(低体温症,冷え②)

吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)

 

Answer

四肢末梢を中心とした冷えがある場合は,生体を循環している赤い液体である「血(けつ)」が手足の末梢まで十分に行き届かない病態であると考えます。四肢末梢の強い冷えに対しては当帰四逆加呉茱萸生姜湯が代表的な漢方薬で,四肢末梢が冷えるしもやけのほか,冷えに伴う腰下肢痛などにも活用できます。

 

四肢末梢の強い冷えには当帰四逆加呉茱萸生姜湯
冷えと言っても体幹部ではなく四肢末梢を中心とした冷えを認める場合は,生体を循環している赤い液体である「血(けつ)」が手足の末梢まで十分に行き届かない病態であると考えます。当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう;No.38)は,四肢末梢の冷えが強い場合に適応となり,しもやけやレイノー症状に対する第一選択として知られています。また,寒冷刺激による種々の痛みに対しても有効で,腹痛,月経痛,腰痛,坐骨神経痛,頭痛などを伴う場合に用います。自覚的な冷えを訴えてペインクリニック外来を受診した腰下肢痛患者に対する当帰四逆加呉茱萸生姜湯の有用性を検討したところ,自覚症状の有意な改善に加え,全例で有意な皮膚温の上昇を認めたことが報告されています1)

 

腹部の診察で鼠径部の圧痛があることが,当帰四逆加呉茱萸生姜湯の投与を検討するポイントになります2)。また,当帰四逆加呉茱萸生姜湯は漢方エキス製剤のなかでも一二を争う苦い(かつ名前も長い)漢方薬ですが,薬が合っている人は「苦くない」「嫌な苦さではない」と言い,味覚も1つの効果判定の材料となります(詳細は本連載「Q16飲む人が美味しいと感じる漢方薬が合っているというのは本当ですか?」参照)。なお,すでにしもやけができており,手指が赤く腫脹している場合には,血の巡りをよくする作用を強化するため桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん;No.25)を併用するとよいでしょう。

 

冷えを目標に用いる漢方薬 
これまでの特別編の3回で,被災直後に多い風邪,下痢,低体温症に対して用いる漢方治療について,「冷え」をキーワードにして紹介しました。日本東洋医学会が公開した「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案3)では,冷えに対する漢方薬として麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう;No.127),当帰四逆加呉茱萸生姜湯,人参湯(にんじんとう;No.32)が挙げられています。また,東日本大震災時における東洋医学による医療活動の報告4)でも,震災後2週間までの期間では,麻黄附子細辛湯,人参湯,当帰四逆加呉茱萸生姜湯が頻用されており,被災直後には冷えに対する漢方薬が多く活用されていたことがわかります。特別編Q2で紹介した真武湯(しんぶとう;No.30)や大建中湯(だいけんちゅうとう;No.100)も併せて,被災地の医療活動に冷えの漢方治療として役立てていただければ幸甚です。

 

■文献
1) 高橋良佳,他:冷えを伴う腰下肢痛患者における当帰四逆加呉茱萸生姜湯の有用性の検討.日東洋医誌 67(4):390-393,2016
2) 寺澤捷年:当帰四逆加呉茱萸生姜湯証における鼠径部の抵抗・圧痛に関する一考察.日東洋医誌 67(3):302-306,2016
3) 日本東洋医学会:能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案
4) 高山真,他:東日本大震災における東洋医学による医療活動.日東洋医誌 62(5):621-626,2011

 


吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017

こちらの記事の内容はお役に立ちましたか?