特別編-Question 2
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(低体温症,冷え①)
吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)
Answer
被災直後から震災後2週間までは風邪,下痢などの感染症と低体温症への対応が大きな課題であったとされています。冬期の避難生活では保温器具の不足などから,体が冷えやすい状況が予想され,温める漢方薬である真武湯,人参湯,大建中湯が活用できます。
東北大学から東日本大震災時における東洋医学による医療活動が報告され,それによると被災直後から震災後2週間までは風邪,下痢などの感染症に加えて,低体温症への対応が大きな課題であったそうです1)。もちろん重症の低体温症に対しては,暖房や毛布・布団による保温や温かい補液の治療が必要ですが,避難所ではそれらが不足したり,床に敷いた段ボールやブルーシートの上で過ごしたりする状況では,経口摂取により身体を内部から温めることができる漢方治療も低体温症の予防や治療に十分活用できると考えます。
全身の冷えと横になりたいほどの全身倦怠感には真武湯
前回も解説した真武湯(しんぶとう;No.30)は,生体を温める附子(ぶし)の他,利水作用のある朮(じゅつ),茯苓(ぶくりょう)などで構成されます(図1)。真武湯は新陳代謝の低下による全身の冷えと,横になりたいほどの全身倦怠感がある場合に用います。また,体が冷えて下痢が続いている場合や下肢などに浮腫を認める場合にも有効です。さらに,地震が起きているかのようにフラフラとする浮動性めまいを訴える場合も真武湯のよい適応です2)。
図1 真武湯の構成生薬
心窩部の冷えによる消化器症状と食欲不振,全身倦怠感には人参湯
日本東洋医学会が公開した「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案」3)では,人参湯(にんじんとう;No.32)が冷えと食欲低下に対して用いる漢方薬として挙げられています。人参湯は生姜を蒸して乾燥させた乾姜(かんきょう)を含みます。乾姜は内臓を中心に体を温める作用があり,人参湯にはさらに目に見えない生体エネルギーである「気」を補う作用がある人参(にんじん),白朮(びゃくじゅつ),甘草(かんぞう)が含まれます(図2)。心窩部を中心とした冷えによる胃もたれ,心窩部痛,下痢などの消化器症状に加え,食欲不振,全身倦怠感,食後の眠気などがある場合が人参湯の適応です。
図2 人参湯の構成生薬
非常につらい全身倦怠感と強い冷えには人参湯+真武湯(茯苓四逆湯)
さらに,全身倦怠感と冷えがともに高度な場合には真武湯と人参湯を併用します。身体を温める作用が強い附子と乾姜が含まれることになり,茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)という漢方薬と類似の生薬構成になります。「だるい,冷えるという患者で脈も弱ければ,茯苓四逆湯は大変使いやすい」4)として,当科でも頻用している漢方の煎じ薬です。非常につらい全身倦怠感と強い冷えがあれば人参湯+真武湯(茯苓四逆湯)を使っていただければと思います5)。
腹部の冷えに起因した消化器症状には大建中湯
また,腸閉塞の予防目的に頻用されている大建中湯(だいけんちゅうとう;No.100)も乾姜を含みます(図3)。その他,山椒(さんしょう)にも温める作用があり,腹部の冷えに起因した消化器症状(便秘だけでなく下痢や腹部膨満にも)と,腸の蠕動異常(亢進または減弱)が大建中湯の適応です。避難所生活の長期化による活動性の低下や冷えに伴って出現する便秘には,大建中湯が治療のよい選択肢となるでしょう。
図3 大建中湯の構成生薬
最後に,人参湯や大建中湯を処方する際に参考となる腹部所見を紹介します。漢方では腹部診察の際に圧痛だけでなく,他覚的な冷感の有無に着目します。他部位と比べて心窩部に冷感を認める場合は人参湯,臍周囲に冷感を認める場合は大建中湯が,それぞれ投与目標になるとして重視しています6)。さらに詳細な大建中湯の活用に関しては本連載「大建中湯を減量・中止するタイミングを教えてください」(Q23・Q24)をご参照ください。
以上のように,単に薬を投与して身体を温めるというだけでなく,実際に患者さんの話を聞き,身体に直接触れ,「手当て」をしながら行う漢方診療は,被災地での医療活動に大きな力になると信じています。
■文献
1)高山真,他:東日本大震災における東洋医学による医療活動.日東洋医誌 62(5):621-626,2011
2)藤平健:漢方腹診講座,p189,緑書房,1991
3)日本東洋医学会:能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案
4)三潴忠道:はじめての漢方診療 十五話(第1版),p212,医学書院,2005
5)吉永亮:あつまれ!! 飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる,pp96-101,南山堂,2021
6)犬塚央,他:大建中湯の腹証における「腹中寒」の意義.日東洋医誌 59(5):715-719,2008
吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
・『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
・『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
・『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017
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