特別編-Question 5 
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(咳嗽)

吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)

 

Answer

被災から2週間が経過すると土砂や瓦礫撤去作業によるホコリの影響で頑固な咳に悩まされることが多くなります。乾性咳嗽には麦門冬湯を用いることが多いですが,水様性喀痰を伴う場合は小青竜湯,粘稠性の喀痰を伴う場合は半夏厚朴湯も活用できます。また麦門冬湯や半夏厚朴湯と柴胡剤や越婢加朮湯を併用することで治療効果が高まります。

 

東日本大震災から2週間経過後は,津波で運ばれた土砂や瓦礫撤去作業によるホコリや泥などにより,頑固な咳が問題になったといわれています1)。通常の生活でも頑固な咳が続くことは非常につらいもので,集団生活を強いられる避難所生活では,コロナ禍も重なって,咳による体力の低下や周囲への騒音を気にしてしまうことも想像に難くありません。

 

頑固な咳に麦門冬湯 
頑固な咳に対しては麦門冬湯(ばくもんどうとう;No.29)がよく用いられ,東日本大震災の被災地での医療活動の報告においても,麦門冬湯は小青竜湯(しょうせいりゅうとう;No.19)に次いで頻用されています1)。麦門冬湯は,発作性に連続して出るような咳に用います。痰を伴わない乾性咳嗽に適応となることが一般的ですが,粘稠度の高い少量の喀痰が乾燥傾向の気道粘膜にはりついて切れにくい場合も用います。麦門冬湯には鎮咳・去痰作用のある半夏(はんげ)に加えて,麦門冬(ばくもんどう),人参(にんじん),粳米(こうべい),大棗(たいそう)といった体を潤して水分を保つ滋潤作用(じじゅんさよう)がある生薬を含み,乾燥した気道粘膜を潤して,喀痰を出しやすくします。「乾燥して喉がイガイガする」という訴えがある場合や,「飲み物で喉を湿らせると,気持ちがいいですか?」と質問して気道粘膜の乾燥がみられる場合にはよい適応です。

 

ただし残念なことに,コロナ禍での使用頻度の増加による流通制限で,麦門冬湯やそれに類似する作用をもち,長引く咳に保険適用となる漢方薬〔竹筎温胆湯(ちくじょうんたんとう;No.91)や滋陰降火湯(じいんこうかとう;No.93)など〕は入手が困難な状況が続いています。そのため,被災地に限らず,適切な漢方薬の使用のため,上記のような適応を確認したうえで麦門冬湯を適切に活用していただけることを願っています。

 

喀痰を伴う場合には小青竜湯・半夏厚朴湯 
水様性の喀痰が目立つ場合には特別編Q4で解説した小青竜湯も咳に対して用いることができます。また粘稠度の高い喀痰や後鼻漏を伴う場合には半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう;No.16)も有用です。半夏厚朴湯は「喉に何かつかえた感じがする」というような咽喉頭異常感症に用いる漢方薬ですが,「呼吸器疾患などでのどに実際に痰がからんでよく切れない,痰がからむので咳がでて困るといった人に半夏厚朴湯を使うと痰の切れがよくなって治ります」と解説2)されるように,湿性咳嗽にも適応になります(図1)。半夏厚朴湯には鎮咳・去痰作用のある半夏と気管の痙攣を止める厚朴(こうぼく)や過剰な水を取り除く茯苓(ぶくりょう)などが含まれ,粘稠な喀痰を溶解させて気管の蠕動運動を正常化する作用があります。逆に麦門冬湯の適応時のような口腔内や気道が乾燥傾向の場合には半夏厚朴湯は適しません。半夏厚朴湯の呼吸器疾患に対する活用として,誤嚥性肺炎の予防に服用すると肺炎の発症率,肺炎による死亡率が低かったという前向きランダム化比較試験があり,その機序として唾液中のサブスタンスP活性の上昇が関与していることが推測されています3)

 

微熱や食欲不振を伴う場合には柴胡剤を併用 
風邪による咳が長引いて微熱や食欲不振を伴う場合は,鎮咳作用のある麦門冬湯や半夏厚朴湯に抗炎症作用のある柴胡(さいこ)が含まれる柴胡剤を併用します。柴胡剤はこじれた風邪に用いることができ,筆者は小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう;No.109),柴胡桂枝湯(さいこけいしとう;No.10)をよく用いています。咽頭痛を伴う場合は小柴胡湯加桔梗石膏の適応です。また柴胡桂枝湯は発症後2~3日が経過した急性期を過ぎた風邪や,その治り際まで幅広く用いられ,「迷ったら柴胡桂枝湯」といわれるほど間違いが少ない漢方薬です。図1のように喀痰の有無や性状,咽頭痛の有無などに応じて使い分けるとよいでしょう。最初から小柴胡湯(しょうさいことう;No.9)と半夏厚朴湯を組み合わせた柴朴湯(さいぼくとう;No.96)という漢方薬もあります。

図1 長引く咳に対する漢方治療(微熱・食欲不振を伴う場合)

 

さらに激しい咳の場合は越婢加朮湯 
目が飛び出るほど,または咳の後,嘔吐するような激しい咳に対して用いる越婢加半夏湯(えっぴかはんげとう)を紹介します。越婢加半夏湯はエキス製剤にないため,特別編Q4で紹介した越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう;No.28)に麦門冬湯や半夏厚朴湯を併用することで越婢加半夏湯と近似できます(図2)。越婢加朮湯に含まれる麻黄(まおう)はエフェドリンが主成分であることから鎮咳作用があり,さらに麻黄と石膏(せっこう)の組み合わせで気管粘膜の腫脹や炎症を鎮めます。越婢加朮湯以外にも,麻黄と石膏が含まれる麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう;No.55)や五虎湯(ごことう;No.95)でも代用可能です。筆者も,気管支喘息の既往がありコロナ罹患後で会話も困難であった激しい咳嗽に麻杏甘石湯と半夏厚朴湯の組み合わせが有効であった症例を最近経験しました。

図2 激しい咳に対する漢方治療(越婢加半夏湯の代用)

 

さらに詳細な咳嗽に対する漢方薬の使い分けは,日本東洋医学会が「感冒に用いる漢方薬の選択(非漢方専門医向け)4)を2023年12月に公開していますので詳細はそちらをご参照ください。

 

最後に,2024年1月現在,麦門冬湯以外にも風邪や咳に対する漢方薬の流通制限が続いています。漢方治療を必要としている患者さんに漢方薬が適切に届けられること,限りある資源である生薬を原料とする漢方薬が有効に使われることを願ってやみません。

 

■文献
1) 高山真,他:東日本大震災における東洋医学による医療活動.日東洋医誌 62(5):621-626,2011
2) 三潴忠道:はじめての漢方診療十五話(第1版).pp249-250,医学書院,2005
3) Iwasaki K, et al : A pilot study of banxia houpu tang, a traditional Chinese medicine, for reducing pneumonia risk in older adults with dementia. J Am Geriatr Soc 55(12) : 2035-2040, 2007 [PMID : 17944889]
4) 日本東洋医学会:感冒に用いる漢方薬の選択(非漢方専門医向け)



吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017

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