特別編-Question 8 
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(精神症状②)

吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)

 

Answer

抑肝散や加味帰脾湯以外にも,被災地で遭遇しやすい精神症状に対して用いる漢方薬として,不安感の強いめまいや上部消化器症状には半夏厚朴湯,動悸や悪夢を伴う不眠には柴胡桂枝乾姜湯などがあります。

 

不安感の強いめまい,上部消化器症状には半夏厚朴湯
めまいや浮動感に対して,漢方医学的には水分代謝の異常である水毒(すいどく)と考えて,五苓散(ごれいさん;No.17)や真武湯(しんぶとう;No.30)などの利水剤を用いて治療することが多いのですが,余震を繰り返すような状況では「また地震が起こるのではないか?」といった不安感が強くなるのも無理はありません。このような予期不安に対して用いる漢方薬が半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう;No.16)です。

 

半夏厚朴湯は生体を巡る気(き)がうまく循環されない気鬱(きうつ)に対して用いる漢方薬で,「何かがのどにつまった感じ」がするという咽喉頭異常感症に用いますが,予期不安も半夏厚朴湯の大切な投与目標です。めまいや浮動感に対しては「めまいが起こりそうで不安」というように,めまいそのものよりめまいに対する不安が強い場合に活用します。東日本大震災を契機に揺れ感を強く訴える患者15例に漢方治療を行った報告1)があります。半夏厚朴湯の有効例が12例と最も多く,揺れ感のほかに不安感を訴え,腹診で心下痞鞕(しんかひこう:心窩部に抵抗感や圧痛がある)がみられた患者において,半夏厚朴湯の有効性が高かったと考察されています。

 

また,胃のつかえ感や心窩部が張った感じといった上部消化器症状を訴える機能性ディスペプシアも気鬱として半夏厚朴湯が有効です。筆者は不安や抑うつなどの精神症状を伴い,ベンゾジアゼピン系薬剤を長期内服していた患者の上部消化器症状に対して半夏厚朴湯で治療したところ,胃の症状とともにベンゾジアゼピン系薬剤の減量や中止ができた2症例2)を経験しました。

 

動悸や悪夢を伴う不眠には柴胡桂枝乾姜湯
柴胡桂枝乾姜湯(さいこけいしかんきょうとう;No.11)は柴胡(さいこ)剤の仲間です。特別編第5回で紹介したように柴胡剤は抗炎症作用をもち,微熱が続く,咳が長引くなどのこじれた風邪など遷延した感染症に用いますが,そのほかにも抗ストレス作用や自律神経調整作用があるとされ,イライラや不眠などの精神症状にも適応になります。さらに柴胡桂枝乾姜湯には,精神不安定や動悸を鎮める牡蛎(ぼれい)が含まれることがポイントです。牡蛎には生体を巡る気が逆流してしまう気逆(きぎゃく)を鎮める作用があるとされ,動悸,驚きやすい,悪夢を伴う不眠などが柴胡桂枝乾姜湯の適応を示唆する特徴的な症状です。

 

柴胡桂枝乾姜湯は心身が疲弊した状態に用いますが,気の量が不足しているために生じる全身倦怠感に用いる補中益気湯(ほちゅうえっきとう;No.41)とは異なり,気の量は保たれていて職場などでは頑張れているものの帰宅後にぐったり疲れてしまう,または周囲に気をつかい頑張りすぎて,一人になると疲弊してしまうような場合に適応になります。当科では「帰宅するとバタンキューと倒れてしまいそうですか?」と問診しています。

 

東北大学から,東日本大震災により生じた動悸や不眠,感情不安定などの心的外傷後ストレス症(post-traumatic stress disorder:PTSD)の症状に柴胡桂枝乾姜湯が有効であったとするランダム化比較試験(randomized controlled trial:RCT)3)が報告されています。当科でも福岡県西方沖地震後に発症しためまいや不眠などに柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう;No.12)が有効であった症例を学会発表しました。柴胡加竜骨牡蛎湯は,牡蛎とともに気逆に用いる竜骨(りゅうこつ)が含まれる漢方薬で,柴胡桂枝乾姜湯よりも抑うつや緊張が強い場合に用います。地震のような大きな災害後は,気が動転してしまい,動悸や悪夢が出現して,竜骨や牡蛎が適応となる気逆の症状が増加するのではないかと感じています。

 

さらに当科ではCOVID-19の流行初期から,院内職員の心身の不調に対して漢方外来の受診を呼びかけて漢方治療を行った結果,柴胡桂枝乾姜湯や加味帰脾湯(かみきひとう;No.137)が頻用されました4)。コロナ禍初期の緊張感と同様,被災地での医療活動は強い緊張を強いられるでしょうから,被災地で医療活動を行う医療スタッフの心身の不調にも柴胡桂枝乾姜湯や加味帰脾湯は活用できると考えます。

 

このように,漢方治療では不安や不眠などの精神症状に加えて,浮動感や消化器症状などの身体症状の改善も期待できます。睡眠導入薬や抗不安薬の内服は移動の際に朦朧としてしまったり,転倒や骨折したりするリスクも懸念されますので,漢方薬を上手に活用していただけたらと思います。

 

以上,「Q&Aで学ぶ漢方診療-特別編」として8回にわたり,被災時・避難時の体調管理に活用できる漢方薬を紹介しました。この連載が被災地での医療に少しでも貢献できたら幸甚です。また,この「Q&Aで学ぶ漢方診療」では,漢方薬の減量・中止の方法(Q21~28)や注意すべき漢方薬による副作用(Q33以降)についても解説しています。漢方薬の副作用に注意しながら漫然とした服用を避けて,適切かつ安全に漢方薬を活用していただけることを願っています。

 

■文献
1) 木村容子,他 : 東日本大震災後の揺れ感に対する治療経験―半夏厚朴湯を中心に―. 日東洋医誌 63(1) : 37-40, 2012
2) Yoshinaga R, et al : Discontinuation or reduction in benzodiazepine use by treatment with the traditional herbal medicine Hangekobokuto, case reports. J Gen Fam Med 21(4) : 143-145, 2020 [PMID : 32742904]
3) Numata T, et al : Treatment of posttraumatic stress disorder using the traditional Japanese herbal medicine saikokeishikankyoto ; a randomized, observer-blinded, controlled trial in survivors of the great East Japan earthquake and tsunami. Evid Based Complement Alternat Med 2014 : 683293, 2014 [PMID : 24790634]
4) 矢野博美, 他 : コロナ禍における院内職員に対する漢方外来受診の勧めの試み. 漢方の臨床 69(7) : 727-733, 2022



吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017

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