藤沼 康樹 先生(医療福祉生協連 家庭医療学開発センター)
(聞き手)金澤 知大(慶應義塾大学医学部3年、「医学生のアトリエ」学生実行委員長、ミスター慶應2024グランプリ)
医学生が日々の学びを通して得た感動や気づきをアートの形で発信・共有する「医学生のアトリエ」、今回は特別企画として家庭医の藤沼康樹先生にお越しいただき、医師を目指したきっかけや医学生時代のこと、さらには医師にとって大切なことなど、医学生へ向けたメッセージをいただきました。
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以下の記事はインタビュー動画から抜粋・編集したダイジェスト版です。本編動画には記事にない内容もございます。ぜひ動画もご参照ください。
漫画家になりたかった少年時代
金澤 まずは藤沼先生の子ども時代について、お聞きしたいと思います。
藤沼 僕の世代が子どもの頃は、ちょうどテレビが一般家庭に普及し始めた時期ですね。特にアニメや特撮、お笑いとか、そういうポップカルチャー系のものに小学生の頃からめちゃくちゃハマってました。それともう1つ、僕にとって重要なのは漫画なんです。毎週、『少年マガジン』『少年サンデー』『少年キング』とかを親にねだって買ってもらって、楽しみにしていた連載を夢中になって読んでました。
金澤 その頃にハマったのはどんな漫画でしたか?
藤沼 最もハマったのは石ノ森章太郎の『サイボーグ009』ですね。
金澤 ちょうどテレビでアニメの第1期が放映されていた頃ですよね。
藤沼 よくご存知で(笑)。僕が好きだったのはサイボーグ009のシリアスな部分で、「人間とは何か、人としてのアイデンティティとは何か」といったことをずっと考えていました。読みたくなった時にいつでも読めるよう、漫画のページにセロハン紙を乗せてなぞったものを綴じて、持ち歩いていたくらいです。
それともう1つ、いまだに覚えているんですが、小学校3年生の時に、初めて父親に映画に連れて行ってもらい、『キングコング対ゴジラ』を観たんです。それがめちゃくちゃ怖くて。以来ずっと、東宝の怪獣映画は全てフォローしています。だから、子ども時代からずっと、特撮・アニメ・漫画系が好きですね。
金澤 趣味が同じで嬉しいです。ちなみに、お好きなSF映画は何ですか?
藤沼 最近だと一番好きなのは『インターステラー』。あとは『猿の惑星』も好きで、第一作から最近のものまで観ています。
金澤 では、SFをきっかけに医学というか、科学の分野に興味を持たれるようになったのでしょうか?
藤沼 いや、本当は漫画家になりたかったんですよ。小学生の時に石ノ森章太郎の『マンガ家入門』っていう本を読みふけっていて、学級新聞に連載漫画を描いたりしていました。でも、親から「漫画家なんて夢みたいなこと言ってないで、受験しなさい」と言われて、夢をあきらめて受験勉強生活になってしまいました。
医学部に入ったきっかけはヤマト
金澤 その後、中高生時代もポップカルチャーに親しんでこられたのですか?
藤沼 そうですね。漫画はもちろん読んでいたし、ボードゲームなども好きでしたが、通っていた中学校がちょっとハイカルチャーっぽい学校だったんですよ。それがまさにカルチャーショックで、下町の人間が高級住宅街でとまどう、みたいな感じをずっと抱えながら過ごしていました。勉強は理科よりも、社会や国語が好きでしたね。歴史や物語にすごく興味を持っていました。
ところが、高校生の時にテレビで『宇宙戦艦ヤマト』が放映されて、「今までのアニメーションと全く違う、すごい作品が出てきた」と、ものすごい衝撃を受けたんですよ。一時期、「やはり宇宙を目指さなきゃいけない」「本物の宇宙船を造れないか」と考えてました。あと、物理は苦手でしたが生物は好きだったので「宇宙生物学みたいな研究はできないだろうか」と――今にしてみれば訳がわかりませんが(笑)――、どこに進学したらよいのか、けっこう悩んでましたね。それで、いろいろ進路相談をしていたら「それ(宇宙生物学)、医学部でできるんじゃない?」って言われたんです。まぁ、それは医学部に入ってから大嘘だってわかったんですけど(笑)、そんな感じで医学部に入ったわけです。ちょっと変な高校生でした。
金澤 その後はどのように過ごされていたのですか?
藤沼 1980年代の医学部ってマチズモの典型みたいなところで、みんな運動部でスポーツをやってるんですよ。僕は大学に入ったら読書会をやったりして議論などができるのかなと思っていたんですが、授業が終わるとみんなグラウンドのほうへ走っていくんです。「運動部に入らないと、君、先々医者として生きていけないよ」とか言われたりもして、「なんで医学部に入って、ラグビーに燃えてんだよ」みたいな違和感がすごくありました。それで、同じような仲間と一緒に文系のサークルをつくって、ディスカッションしたり、本について語ったりしていました。今もその仲間とは付き合いがあるし、あの頃に文学や哲学を勉強したことは、今の仕事に完全に活きています。プライマリ・ケアでは日常生活上のいろいろな相談にのるので、人をどう見るかが、すごく関わってくるんですよ。
指導医との出会い
金澤 医師になろうとして医学部に入ったわけではなかった藤沼先生が、医師になる覚悟を決めたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
藤沼 実は卒業するまで、臨床医になるイメージがいまいち持てなかったんですよ。僕らの時代の臨床実習はほとんど見学で、例えば腎臓内科に行ったら、腎臓病の患者さんを1人受け持って、腎臓病について勉強するだけ。疾患を勉強するための教材として患者さんが存在しているみたいな教育しか受けてこなかったので、臨床医=診断した病気を研究する人、みたいなイメージだったんです。だから、あまりこういう臨床医にはなりたくないと思っていました。
研修先は都内の小さな病院を選んだのですが、そこで出会った指導医が、患者さんの訴えから原因を考えること――今で言えば診断推論ですね――の面白さを教えてくれて、「臨床医ってこういうことをやるのか!」って思いました。さらに、例えばSLE(全身性エリテマトーデス)の患者さんを診た時、若い頃って承認欲求が強いから(笑)、指導医に「この患者さんはSLEで、このデータがこうで……」と語るわけです。そうしたら、その先生は「あぁ、そう」って温度板を見ながら、「この患者さん、入院してから便が全然出てないみたいだけど、これどうしたの?」って言うんです。僕は言われるまで、そのことを知りませんでした。それは「病気について勉強することが臨床」だと思っていたからです。指導医からは「この患者さんが気持ちよく、苦痛のない入院生活を過ごせるようにすることが一番大事な仕事なんだ」と教わりました。患者さん全体に気を配らないとダメなんだよ、ということをその時に叩き込まれましたね。
異分野との“ショート”が新たな解釈を生む
金澤 今回の「医学生のアトリエ」は、自分の心の中を表現して、医学生同士の横の繋がりを強くするというねらいで企画しました。もし藤沼先生が学生時代にこのようなコンテストがあったら、どんなものを出されたと思いますか?
藤沼 「アニメ映画ですね」って言いたくなるけど、それはさすがに無理なので(笑)。小学生の頃からの趣味でもある写真で応募すると思います。ちょっとしたスナップでも人物のポートレートでもいいですが、1枚の写真からストーリーを想像させるような、人物であれば「この人はどういう生活をしているんだろう?」みたいなことを想像させるようなものがいいですね。
金澤 自己表現をすることが、一人の医療人としてどう活きてくるとお考えですか?
藤沼 自己表現には単に自分が何者かを語るだけではなくて、自分の内面を外化することで今の自分を振り返る作用もあると思うんです。だから、誰かが撮ったり描いたりしたものから、その作者が意図していなかったストーリーが読み取れてしまったり、「これって、実は医療のあれにつながっているんじゃないか」と思えたりすることがあります。
そういうのを僕は「ショート(接続)」って呼んでいるんですけど、異質なものと強引にショートさせるような発想って、実は医者にはけっこう必要だと思っています。例えばレジデントと患者さんについてディスカッションするときに、「ガンダムAGEにフリット・アスノってキャラクターがいるんだけど、彼みたいに歳をとってもずっと少年時代のトラウマが続くってことはあるんだよ」みたいにポップカルチャーとショートさせることで、今直面している臨床問題を全然違う視点から解釈し直すことができたりするんですよ。
「解釈」って医療ではすごく重要なんです。「この患者さんにとって、今起きてるこの事態にはどういう意味があるのか」「家族にとってはどうか」、解釈がないと医療はできません。われわれは機械を修理しているわけではありませんから。そして、実は医療にはさまざまな接続点があると考えています。
フェスで群れるな、孤独に向き合え!
金澤 ChatGPTのような生成AIやSNSが普及している今、若い世代に対して感じることはありますか?
藤沼 今の20代前後くらいの人たちは、いわゆるZ世代ともかなり違っていると感じています。Z世代より少し前まではとにかくコスパ・タイパ重視で成長や効率性を追い求める印象でしたが、そこからさらにちょっと違う人たちになってきていると思うのです。SNS的な相互評価経済にはすごく敏感で、周りの流れを読みすぎて、すごく優しくなっている。
僕は、今衰退しつつあるコンテンツ、例えば小説とか長編ドラマなどに、“孤独に向き合う”ことをお勧めしたいと思います。誰かと体験を共有するのではなく――皆で一緒にわいわい言いながら観たり、音楽フェスに参加したり、感想をSNSにあげたりするのではなく――、作品に一人で向き合うのです。相互評価経済とは無縁なそうした体験が、自分を豊かにするということを知ってほしい。
金澤 僕は最近ホームプロジェクターを買ったので、夜な夜なコーラを飲みながら『ゴッドファーザー』を観ています。
藤沼 ゴードファーザーはいいですね。昔の映画に比べると、最近の映画ってちょっと説明的すぎるように思います。例えば、富野由悠季のガンダムと福井晴敏のガンダムって違うでしょう。富野監督の作品って、最初わからないんですよ。「なんでそんな怒られんの?」「なんでそこで叫んでんだ?」とか(笑)。でも、あれは説明口調ではなくリアルな会話として提示されていて、だからこそ見応えがあるんですよね。解説のないリアルな場面を、フィクションとしてたくさん体験してほしいなって思います。
金澤 藤沼先生が今の若い世代に見てほしい作品は何でしょうか?
藤沼 いい質問ですね。僕が若い人にお勧めしたいのは『コードギアス 反逆のルルーシュ』です。あと、これはちょっと長いんですけど『蒼穹のファフナー』、特に「EXODUS」編はぜひ観てほしい。でも、とにかくコードギアスですね。これはおそらく、僕にとってオールタイムベストなんですよ。全てのアニメの中で1番好きですね。……こんな話をしていて、医学書院的に大丈夫ですか?(笑)
金澤 では最後に、藤沼先生が大切にしている言葉、座右の銘のようなものがあれば教えていただきたいです。
藤沼 「本当に好きなことが見つかったら、それは万難を排してやる」。そして、「もし好きなことが見つからなければ、人が喜ぶことやろう」。これは自分の子どもも含めて、若い人には常に言っています。好きなことが見つかったらぜひそれ追求してほしいし、とはいえ好きなことが見つかること自体が運次第でもあるので、もし見つからなければ人が喜ぶことやろうっていうことですね。
金澤 本日はお忙しい中、大変素敵なお話をありがとうございました。みなさんの「医学生のアトリエ」へのご応募、お待ちしています!
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