ミスター慶應が聞く! ちょっと気になる医学のハナシ Vol.6 中川 朝子 先生(初期研修医/作家)

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中川 朝子 先生(初期研修医/作家)
(聞き手)金澤 知大(慶應義塾大学医学部3年、「医学生のアトリエ」学生実行委員長、ミスター慶應2024グランプリ)

医学生が日々の学びを通して得た感動や気づきをアートの形で発信・共有する「医学生のアトリエ」、今回は特別企画として、初期研修で研鑽を積みつつ、作家活動をされている中川朝子先生にお越しいただきました。医学生時代から「彩話師」1)、「マイコ」2)で第8・9回星新一賞の学生部門優秀賞、「息ができない」3)で第39回大阪女性文芸賞を受賞された中川先生に、医師と作家を目指すようになった理由や、執筆活動との両立の実際などについてお聞きします。

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以下の記事はインタビュー動画から抜粋・編集したダイジェスト版です。本編動画には記事にない内容もございます。ぜひ動画もご参照ください。

 

【前編】

 

【後編】

 

最近のオススメ本

金澤 まず最初に、中川先生が最近読まれた本で印象に残ったものをご紹介いただけますか?
中川 SF小説なのですけれど、キム・チョヨプさんの短編集『わたしたちが光の速さで進めないなら』4)がすごく良かったです。最近“韓国SF”が日本でも人気沸騰中で、文体もギミックもすごく好みでした。
金澤 僕も書影は見たことがあります。宇宙ステーションで家族を待つ老人のお話ですよね。なるほど、韓国SF、気になりますね。読まなくては。

 

物語と創作が最初からそばに

金澤 まず、中川先生のオリジンからお聞きしたいと思います。幼い頃はどんな子どもだったのでしょうか?
中川 物心ついた頃から、フィクションや創作が大好きでした。私は3人きょうだいの真ん中なんですけど、お互いに自分で考えたストーリーを話したり、感想を言い合ったりして遊んでいた記憶があります。
金澤 そのようにして考えたストーリーを、小説としてまとめていたのですか?
中川 実は長い間漫画家志望だったので、文章よりも絵を描いてストーリーを載せることが多かったですね。
金澤 それは、中学、高校でも続いたんですか?
中川 はい。小学生の頃は手塚治虫や藤子不二雄作品をたくさん読んでいました。学年が上がっていくにつれて、自分で短編漫画を描いたり「いつか漫画にしたい脚本」を書いてみたり、具体的に作品を作る方向へシフトしていきました。

金澤 でも、漫画家志望から小説家を目指すようになったわけですよね。
中川 高校2年生くらいのとき、週刊連載の漫画家という職業は、自分にとってハードルが高いと気づいたんです。その頃は短歌や詩も書いていて、何度かコンクールで入賞する機会もありました。けれども「1番」を取れなかった悔しさのほうが強く、最も自分の性に合ったアウトプット手段として、小説を選びました。「持続可能な形で創作と関わっていくには?」と考えた結果、大学に進学して学業と両立できる形で創作を続けていくことにしたのです。

 

憧れの手塚治虫と「医師×作家」という現実解

金澤 ここまでお話を聞く限りですと文系一直線の印象ですが、医師を目指したのはなぜでしょうか?
中川 実は、「自分は手塚治虫の生まれ変わりだ」と思っていた時期が長くて……(笑)。手塚治虫さんが大阪大学医学部卒だったので、自然と自分も医学部に行く気がしていたんです。高校3年生になって進路に悩みましたが、「地元の医学部への進学」という親の強い希望もあり、最終的には医学部を目指しました。
金澤 ちなみに、手塚作品だと何が一番お好きですか?
中川 
『ブラック・ジャック』ですね。その中でも、ブラック・ジャックが唯一愛した人が出てくる短編「めぐり会い」が好きです。結局、二人は結ばれない関係になるのですが、手術の前にブラック・ジャックが「この瞬間は永遠なんだ」と語りかけるシーンが印象に残っています。

金澤 ありましたね! 確か、ラストが大どんでん返しなのですよね。僕は手塚作品だと『火の鳥』の「復活編」に衝撃を受けました。
中川 
私も「復活編」が大好きで、ペンネームで活動していた時期は、下の名前を「レオナ」(「復活編」の主人公の名前)にしていました。

金澤 まさに、ですね(笑)。

 

学生時代の創作戦略と受賞

金澤 では、医学部入学当初から「作家になるぞ!」という心構えだったのですね。
中川 3カ年計画で考えていました。医学部6年間のうち、最初の3年間で新人賞の一次予選を突破し、後半の3年間で受賞を目指そう、と。ついダラダラしがちな性分なので、タイムリミットを設けるべきだと考えました。結果を残せなかったら、書くのをやめようと思っていたくらいです。
金澤 初めて最終候補に残ったのはいつでしたか?
中川 
書き始めて半年後の星新一賞ですね。残念ながら受賞はできませんでした。同じ星新一賞の優秀賞をいただいたのは1年後で、それまでに書いたのは3〜4作くらいです。

金澤 忙しい医学部生活の中で、執筆時間の確保など、1日の時間配分はどのようにされていたのでしょうか?
中川 
部活もアルバイトもしていたので、タイムマネジメントには6年間ずっと悩んでいましたね。

金澤 新型コロナウイルス流行の影響も大きかったですか?
中川 はい。コロナが流行ったのは大学2年生のときで、基礎医学の講義がほぼオンラインになったり、解剖実習の日程が短縮されたりしました。オンライン講義の前に書いて、講義が終わってからも書いてと、合間を縫うように執筆を進めていました。通学に往復2時間かかるので、その時間が浮いたのは執筆の面では良かったです。ただ、講義室で学ぶ機会がもっとあっても良かったかな、と思います。
金澤 ほかにも、医学部生活を振り返って、やっておけば良かったことや、逆にやっておいて良かったことはありますか?
中川 
私の母校は臨床医学の教育に力を入れており、先生方が丁寧に教えてくださるんですけど、3・4年生の自分は不真面目寄りだったので、もっと臨床医学をしっかり勉強しておけばよかったな、と後悔しています。

金澤 (刺さる…)僕もいま3年生なので、肝に銘じます。
中川 
良かったこととしては、臨床実習ですべての診療科を回れたことです。志望科以外のオペに入らせてもらったり、さまざまなカンファレンスに呼んでいただいたりして、インプットが本当に多かったです。

 

医学部での経験が創作に活きる 

金澤 中川先生の『呪いを、科学する』5)も医学生時代に書かれたものですよね。
中川 大学3年生のときに「出版甲子園」で準グランプリをいただいて書籍化された本です。医学というバックグラウンドから、私が好きなオカルトを科学的に解釈するとどうなるかを編集部の方々と揉んで書き上げた一冊です。ご興味のある方はぜひお手に取っていただけたらうれしいです。
金澤 コラムのところに医学生らしさが出ていて、学びが活きている印象がありました。ご自身でも、医学部で学んだことや経験が、創作に活かされていると実感されることはありますか?
中川 
たくさんあります。周りから「文体が身体感覚を重視していて繊細」とよく言われるのですが、医学を学んで得た知識や患者さんとの関わりの中で得た感覚が確実に影響していると思います。

金澤 小説内の人物描写にも、臨床の経験は役立ちますか?
中川 
はい。特に参考になったのはERローテです。ERでは患者さんとの信頼関係を素早く築かなければいけません。どういうコミュニケーションなら信頼してもらえるか、毎日試行錯誤するんですけど、その経験が小説の「ナラティブ」にも活きている気がします。

金澤 5・6年生のときには、海外へ臨床実習にも行かれたとお聞きしました。
中川 イギリスとアメリカで短期臨床実習を行いました。将来的に留学を視野に入れていて、学生のうちに海外の医療現場を見ておきたかったのです。制度も患者さんの性質も日本と全く異なっており驚きました。今でも昨日のことのように思い出せます。
金澤 特に印象に残った出来事はありましたか?
中川 
フィラデルフィアで医療ボランティアに参加したことです。貧困のため医療を受けられない人たちに、無償で医療を提供する「JeffHOPE」という活動に参加して、格差を肌で感じました。病院でも指導医が回診で「あなたの保険ではこれ以上入院をカバーできないから退院してほしい」と患者さんに言う場面もあって…。日本の国民皆保険制度との違いを痛感しました。

金澤 いつか、小説のテーマにされることがあるかもしれませんね。
中川 
そうですね。特にフィラデルフィアのケンジントン通り——いわゆる“ゾンビタウン”は衝撃的でした。銃声が聞こえたり、フェンタニル中毒で動けない人がたくさんいたり……。エッセイか小説かはわかりませんが、どこかで書きたいと思っています。

 

研修医×作家として 

金澤 近々、新作が出ると伺いました。
中川 はい。2026年1月29日発売の『三田文學』6)に、中編小説「グッド・オールド・ニュータウン」が掲載されます。
舞台はニュータウンで、私が小学校の頃まで住んでいた千里ニュータウンがモデルとなっています。SFというより、近未来の雰囲気に医療の香りがそこはかとなく漂う感じ、でしょうか。医師国家試験が終わって入職するまでの間に一生懸命書いた作品で、研修医兼作家としての自分のポートフォリオになりうる一作だと思っています。
金澤 これまでの作品とは位置付けが異なる、ということでしょうか?
中川 
そうですね。星新一賞に応募した作品は医療SFに振り切ったものでしたが、医学生時代の後半は文体重視の作品も書くようになりました。今回の「グッド・オールド・ニュータウン」は、どちらかというと文体に気を配りました。自分の中では自己ベストです。

金澤 おお、楽しみです!
中川先生は医学生から研修医になられたわけですが、先ほどの質問とは逆に、創作を続けてきたご経験が臨床などに活きていると感じることはありますか?

中川 
創作という行為は時間がかかるし、報われないことも多いです。でも、締め切り前の最後の1秒まで、作品の密度を上げるべく頑張っています。そういったことの積み重ねで、忍耐力や努力する姿勢が培われたと思っています。
2年間の初期
研修で吸収したいことはたくさんありますが、一方で作家としての活動も続けていきたいです。病院の方々も作家活動を応援してくださっており、感謝の限りです。
金澤 創作すること自体は孤独でも、それを支えてくれる人の存在や言葉の力は大きいですよね。
中川 作品についてのフレッシュな感想を言ってもらえると救われますね。さまざまな方とのご縁に支えられ、続けられてきた面が大きいと思います。また、星新一賞の同期が続々とデビューしていることも励みになります。昨年、ハヤカワSFコンテストで優秀賞を取ってデビューした関元聡さんも第9回星新一賞同期で、すごく刺激になっています。

 

自分に向き合うことが、臨床にもつながる 

金澤 僕は、医療者が何かを作ったり書いたりすることって大切だと思うんです。
中川 医療者って判断の連続で、悩みが絶えない職業だと思います。救急外来でも「本当に帰していいのか」とか、インフォームド・コンセントをどう取ろうかとか……。創作に限らず、少し時間を置いて振り返ることは、臨床技能の向上にもつながるんじゃないかなと、日々実感しています。医師1年目で青臭いことを言っていると思われるかもしれませんが(笑)。
金澤 この「医学生のアトリエも、創作を通じて自分の気持ちなどを形にして、皆と共有できる場を作りたいという思いで企画しました。
中川 
本当に魅力的です。都市・地方を問わず、創作に取り組んでいる医学生はいると思いますが、スポーツでいう東医体・西医体のような皆が集まる機会はあまり見かけません。創作で一堂に会するイベントがあるのは羨ましいですね。

金澤 ありがとうございます。ぜひ、創作をしている・しようと思っている医学生に、メッセージをお願いします。
中川 
創作のようなアウトプット自体も貴重な経験です。でも社会人になると、インプットの時間は確実に減ります。だから学生時代にしかできないこと——部活、アルバイト、インターン、旅——そういう「今しかできないインプット」を大切にしてほしい。それが後々、作品の厚みとして効いてくると、最近すごく実感しています。
もし大学1年生の自分にメッセージを送れるなら、「人生ってけっこう長いから、タイパを重視しすぎず、ゆっくり創作に向き合うのも楽しいよ」と言いたいです。

 

座右の銘は「強烈な努力」 

金澤 最後に、中川先生が人生で大切にしている座右の銘と、今後の目標をお聞きしたいと思います。
中川 「強烈な努力」です。囲碁棋士の藤沢秀行先生の座右の銘をお借りしています。実は私、小学1年生から囲碁に取り組んでおり、全国大会へ出場したこともあるのですが、心の内には常にこの言葉がありましたね。
金澤 どういうときに思い出されますか?
中川 
研修医として働き出してから、小説を書くのは当直明けか休日と決めているんですけど、どうしようもなく眠い日や体力がない日もあります。心が折れそうなときにこの言葉を思い出すと、もう一段踏ん張れる。社会人になってから特に痛感しています。

金澤 では、今後の目標をお聞かせください。
中川 
短期的には、医師としても作家としても、仕事として取り組める専門性を身につけることですね。医師としては初期研修を修了して専門医を取得したいです。タイミングが合えば大学院進学や研究留学も視野に入れています。
作家としては、まず小説の単著を出すこと。医師だけでなく、それ以外の方にも作品を読んでもらえるような、身近な作家になれたらと思っています。
金澤 ありがとうございます。本日は大変貴重なお話を楽しくお伺いさせていただきました。「医学生のアトリエ」では、小説・絵・詩・音楽など幅広く作品を募集しています。皆さんのご応募をお待ちしています!

 

「医学生のアトリエ2025」の募集要項および応募はこちらから。


文献

1)中川朝子:彩話師.日経「星新一賞」第8回学生部門優秀賞,2021
2)中川朝子:マイコ.日経「星新一賞」第9回学生部門優秀賞,2022
3)中川朝子:息ができない.大阪女性文芸協会(編):鐘 34:14-42,2022
4)キム・チョヨプ(著),カン・バンファ,ユン・ジヨン(訳):わたしたちが光の速さで進めないなら.早川書房,2024
5)中川朝子:呪いを、科学する.ディスカヴァー・トゥエンティワン,2022
6)三田文學 No.163(2026年冬季号)慶應義塾大学出版会,2026 

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