作品No.9【エッセイ】鈴木 景子(ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院 修士課程)

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鈴木 景子
ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院 修士課程

忘れられない患者さんでした。


 未明のことだった。その患者さん、Iさんは自分にとって思い入れのある患者さんだった。頭部疾患を発症し、手術を複数回行った。後期研修医だが執刀医をした、忘れられない症例だった。回復の兆しがあり、リハビリを頑張っておられたが、最期は肺炎で息を引き取られた。我々なりの最善は尽くしたが、あっけない最期であった。

 インフォームドコンセントの際に何度か顔を合わせたことのある娘さんが、ご本人を迎えに来てくれた。

 病院の裏口に、葬儀会社の車が到着した。娘さんと二人外に出た。「お力になれず、すみません」言葉が口をついて出た。
 「ありがとうございます、感謝しています」娘さんの言葉に一瞬耳を疑った。娘さんはこう続けた。「とても綺麗な顔でした。母親、自分の顔に大きなあざがあるのが悩みで、ただ、化粧も嫌いで。私の結婚式にも化粧をしないで参加していたんです。今日、エンゼルメイクをしてもらって、一番綺麗な母に会うことができました」。

 私は患者さんに心の中でこう返した。Iさん、お疲れ様でした。心配ないですよ。娘さん、とてもお綺麗な方ですよ。

 空は白みはじめていた。どことなく春の香りがした。

 

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