作品No.10【エッセイ】田代 大貴(大阪大学医学部4年生)

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田代 大貴
大阪大学医学部 4年生

 「努力をする子どもが少ない」という話題が、同期との間で上がった。近年は、子ども本人よりも、親のほうが必死になって勉強させようとする傾向があるように感じる。確かに、勉強する理由が子ども自身の中になければ、努力は続かず、成績も伸びにくい。一方で、同じような環境にあっても、勉強そのものを楽しむ生徒もおり、その差は何にあるのか考えるようになった。    
 また、医師という職業はかつて社会的に強い権威を持っていたが、現在ではその位置づけは変化しつつある。医師になっても私生活を削って働き、医療訴訟を意識しながら診断や治療を行う現状がある。その中で、努力を続けることへの動機は何なのだろうかと考えた。 
 そうした疑問を抱く中で、自分の思いを文章として伝えられる機会があることを知り、本コンテストへの応募を決めた。


 「努力する子どもが減っている気がする」という友人の言葉が心に引っかかった。医学生の共通点は、これまで勉強に力を注ぎ続けてきたことだと思う。医学部入学後に勉強量が減る学生がいても、試験前には努力し、結果として合格してきたという点では共通している。一方で、家庭ごとに努力の評価は大きく異なる。大学合格を祝わない家庭もあり、そうした環境では努力の成果は純粋に成績や合否のみで測られる。そのような状況において、生徒はなぜ頑張ることができるのだろうか。


 努力は素晴らしいものとして語られることが多いが、本来は称賛されるためのものではない。むしろ、結果を得るための手段である。必要に応じて上手く努力できれば、人生を自分に都合良く進めるためのツールになる。


 私自身、勉強しなさいと言われた記憶はほとんどない。家には多くの書物があり、自然と本を読む環境の中で、勉強につながったのではないかと考える。確かに同じ環境でも勉強しない人はいるだろう。その差は好奇心にあると思う。好奇心は生まれ持った才能ではなく、気になった疑問に向き合う姿勢である。知らなかったことを知り、できなかったことができるようになる。その積み重ねによって、努力は自然な行動になっている。また、努力できてよかったと感じる点は、英語が話せるようになったことである。初めは拙い英語で話すことに抵抗があったが、話そうという意思を持てたことで単語を覚え、物怖じせずに相手に伝えられるようになった。


 確かに努力は人生の困難を乗り越えるための重要な力である。しかし、努力できないことが続くと心を病んでしまう人もいる。また、親が子どもの将来に期待するあまり、心理的虐待に走る可能性もある。教師や塾講師が問題を指摘しても、保護者の意向が強く介入が難しい場合も少なくない。子どもはそのフラストレーションを受け、引きこもりやいじめにつながることもある。その背景には、努力できないことが本人の能力や怠慢としてみなされる傾向がある。本来は環境や支援の不足によって努力できない場合でも、個人の能力不足と受け取られてしまうことがある。


 努力ができなくても個性を大事にするという点で、社会は寛容になりつつある。一方で、努力できた人が評価される学歴社会はいまだに残っている。実際、必要な努力を続けることで、達成できることは大学受験に限らず多い。しかし、努力に必要なやる気を外部から引き起こすことは難しく、外的動機が与えられても長続きはしない。家庭教師をしていた際、スマホに気を取られて勉強が進まない生徒がいた。そこで課題を細分化し、解けたら褒めることで達成する喜びを伝え、やる気が出るよう応援した。しかし、いつまでも本人のやる気を保ち続けることはできず、最終的には自分なりの努力の方法を見つける必要があった。


 日本は安全であり、望めば大抵のものが簡単に手に入る時代である。読書をしなくても知識はスマホで得られる。退屈でも動画を観れば、容易に時間をつぶすことができる。また、従来型の成功の定義も揺らぎ、安定したキャリアが保証される時代ではない。すなわち大手企業への就職や開業をしたからといって、生涯安定しているとは言い切れない。こうした環境では、努力の必要性そのものが実感しにくくなっている。


 では努力できれば幸せなのだろうか。医学生として多様なキャリアを歩む医師の話を聞くほど、何をすれば幸せなのか分からなくなっている。マッチングや国家試験を見据えた勉強を続ける中で、自身の興味は重視されず、全国の同期と同じ教材で勉強を行うことで個性が失われていく不安がある。将来は診療科選択によって人生が固定化され、ガイドラインに沿った診療を無難に続けることになるのではないかという漠然とした不安も残る。では、不安の中で努力をする意味とは何だろうか。努力することで、たとえ上手くいかなくても経験や知識を得ることができ、その積み重ねが人生の選択に必要な判断力につながると考える。


 それでは好奇心が湧かないときにはどうしたらよいのだろうか。やりたくないことや、やる気力がない場合もある。そのような場合、目先のことだけでなく、将来の目的意識や優先順位を意識することが大切だ。努力そのものを目的にするのではなく、目標があるから努力する。努力は望む未来に近づくためのツールである。冒頭で述べたように、一見、周囲から賞賛されない環境であっても、努力できる生徒には努力の先に欲しい未来があったのだと思う。


 また、医学生は努力の使い方と効果を知っている人たちだと考える。その威力を知っているからこそ、患者に治療を押し付けるのではなく、患者が望む未来を見つけてもらい、隣でそっと応援できる医師になりたい。

 

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