作品No.18【戯曲】Mukky(島根大学医学部4年生)

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Mukky
島根大学医学部 4年生

本作は、義足に声を与えた短編戯曲です。医療の現場では、医療者は患者さんを「支える側」に立つことを求められます。しかし実際には、支える人もまた、誰かに支えられながら立っています。医学生として現場に立つなかで、その境界は思っていたよりも曖昧だと気づきました。義足という、支える道具を語り手にすることで、支える側と支えられる側が入れ替わる瞬間を描いています。


「おかけになった番号は」


登場人物
● 声(電話の向こうの人物。のちに義足とわかる)

● 相談員(修理センターの職員。心を「修理する」立場でありながら、自らも喪失を抱えている)

● 自動音声(録音。無機質な声)


無機質な空間。中央にオフィスデスクが一つ位置し、その中央に白色の固定電話。
椅子が一脚。湿気を含んだ空気にカビの匂いがわずかに混じる。蛍光灯が一様に灯り、白い光が机と電話に影を落とす。黒い回転椅子に、一人の相談員が座っている。


(沈黙の中、プルル、プルルと固定電話が鳴る。相談員はじっとそれを見つめ、五回目の呼び出し音のあと、そっと受話器を取る)

自動音声
こちらは、「心の修理センター」です。
おかけになった番号は、現在使用されておりません。
ご用件のある方は
沈黙のあとにお話しください。
(わずかな間)


……もしもし。
あの……壊れてるのは、僕のほうかもしれません。

相談員
お電話ありがとうございます。
はい、「修理センター」です。
どのような状態でしょう?


状態……ですか。
「喪失」……とでもいいますかね。

相談員
「喪失」。……いつ頃からですか?


あの人が、いなくなってからです。

(沈黙)


あの人、ある日すごく笑ってたんです。
「今日は走れる気がする」って。
風を切って、砂を蹴って。
僕、必死でついていって。
砂まみれになって。
でも、あの時の光が、まだ僕の中に残ってる。


その次の日から、動かなくなった。
ずっとベッドの下で、僕はただ、そこにいた。
あの人の匂いだけが、ゆっくり消えていった。


支えてたと思ってたんです。
肌身離さなかったのに。
一心同体だと思ってたのに。
まったく、なんにもわかってなかった。

(静寂が落ちる)


「飛ぶ」って言葉、あの人よく言ってました。
『飛ぶのは怖いけど、浮かぶのは気持ちいい』って。
僕、そのとき笑ったんです。
意味なんて、考えもしなかった。


あの人の右足を、僕がやってたんです。
毎朝、彼の手が僕を締める感覚があって。
あれが毎日のおはようみたいで、好きでした。

(相談員、机の向こうを見る。
そこに何かが置かれていることに気づく。
光の反射。鈍く光る金属。
だがまだ、それが何かははっきり見えない)

相談員
……あなたの言葉、よくわかります。
私も、支えていた誰かを失いました。
「励ますこと」が支えだと信じてたけど、
本当は、ただ“寄り添う”だけでよかったのかもしれません。

相談員
「わかる」って言葉は、本当は誰にも使えないのかもしれませんね。
でも、「わかりたい」って思うことだけは、
まだ、できると思うんです。

(相談員、机の上の金属に手を置く)

相談員
……温かい。
まだ、温かいです。


あの人の熱が、残ってるんです。
ほら、僕たち……まだ歩ける。

自動音声
修理完了。
次の再利用先は

——終——

 

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