Mukky
島根大学医学部 4年生
本作は、義足に声を与えた短編戯曲です。医療の現場では、医療者は患者さんを「支える側」に立つことを求められます。しかし実際には、支える人もまた、誰かに支えられながら立っています。医学生として現場に立つなかで、その境界は思っていたよりも曖昧だと気づきました。義足という、支える道具を語り手にすることで、支える側と支えられる側が入れ替わる瞬間を描いています。
Mukky
島根大学医学部 4年生
本作は、義足に声を与えた短編戯曲です。医療の現場では、医療者は患者さんを「支える側」に立つことを求められます。しかし実際には、支える人もまた、誰かに支えられながら立っています。医学生として現場に立つなかで、その境界は思っていたよりも曖昧だと気づきました。義足という、支える道具を語り手にすることで、支える側と支えられる側が入れ替わる瞬間を描いています。
登場人物
● 声(電話の向こうの人物。のちに義足とわかる)
● 相談員(修理センターの職員。心を「修理する」立場でありながら、自らも喪失を抱えている)
● 自動音声(録音。無機質な声)
無機質な空間。中央にオフィスデスクが一つ位置し、その中央に白色の固定電話。
椅子が一脚。湿気を含んだ空気にカビの匂いがわずかに混じる。蛍光灯が一様に灯り、白い光が机と電話に影を落とす。黒い回転椅子に、一人の相談員が座っている。
(沈黙の中、プルル、プルルと固定電話が鳴る。相談員はじっとそれを見つめ、五回目の呼び出し音のあと、そっと受話器を取る)
自動音声:
こちらは、「心の修理センター」です。
おかけになった番号は、現在使用されておりません。
ご用件のある方は
沈黙のあとにお話しください。
(わずかな間)
声:
……もしもし。
あの……壊れてるのは、僕のほうかもしれません。
相談員:
お電話ありがとうございます。
はい、「修理センター」です。
どのような状態でしょう?
声:
状態……ですか。
「喪失」……とでもいいますかね。
相談員:
「喪失」。……いつ頃からですか?
声:
あの人が、いなくなってからです。
(沈黙)
声:
あの人、ある日すごく笑ってたんです。
「今日は走れる気がする」って。
風を切って、砂を蹴って。
僕、必死でついていって。
砂まみれになって。
でも、あの時の光が、まだ僕の中に残ってる。
声:
その次の日から、動かなくなった。
ずっとベッドの下で、僕はただ、そこにいた。
あの人の匂いだけが、ゆっくり消えていった。
声:
支えてたと思ってたんです。
肌身離さなかったのに。
一心同体だと思ってたのに。
まったく、なんにもわかってなかった。
(静寂が落ちる)
声:
「飛ぶ」って言葉、あの人よく言ってました。
『飛ぶのは怖いけど、浮かぶのは気持ちいい』って。
僕、そのとき笑ったんです。
意味なんて、考えもしなかった。
声:
あの人の右足を、僕がやってたんです。
毎朝、彼の手が僕を締める感覚があって。
あれが毎日のおはようみたいで、好きでした。
(相談員、机の向こうを見る。
そこに何かが置かれていることに気づく。
光の反射。鈍く光る金属。
だがまだ、それが何かははっきり見えない)
相談員:
……あなたの言葉、よくわかります。
私も、支えていた誰かを失いました。
「励ますこと」が支えだと信じてたけど、
本当は、ただ“寄り添う”だけでよかったのかもしれません。
相談員:
「わかる」って言葉は、本当は誰にも使えないのかもしれませんね。
でも、「わかりたい」って思うことだけは、
まだ、できると思うんです。
(相談員、机の上の金属に手を置く)
相談員:
……温かい。
まだ、温かいです。
声:
あの人の熱が、残ってるんです。
ほら、僕たち……まだ歩ける。
自動音声:
修理完了。
次の再利用先は
——終——
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