特別編-Question 6
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(全身倦怠感)
吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)
Answer
避難所生活の長期化などによって気力・体力の消耗から生じる全身倦怠感は,漢方医学的には目に見えない生体エネルギーが不足した気虚(ききょ)の状態で,補中益気湯や十全大補湯が活用できます。
東日本大震災時における東洋医学による医療活動の報告では,被災後4週以降は全身倦怠感や浮動感などの症状や,苛立ち,不安感,不眠などの精神症状の訴えが増加していました1)。これらは避難所生活の長期化に伴う疲労や繰り返す余震などによるストレスが背景にあると推察されています。特に避難所での集団生活や復旧作業などで気力・体力が消耗してしまうことが多いと予想されます。日本東洋医学会が公開した「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案」2)では,体力低下に対する漢方薬として補中益気湯(ほちゅうえっきとう;No.41)と十全大補湯(じゅうぜんたいほとう;No.48)が紹介されています。
筋トーヌスの低下を伴う全身倦怠感には補中益気湯
避難所生活や復旧作業に伴う疲労に対しては,目に見えない生体エネルギーである「気(き)」の量的不足である気虚(ききょ)という漢方医学的な概念が役立ちます。気虚には,全身倦怠感に加えて,食欲不振,疲れやすい,風邪をひきやすい,日中の眠気(特に昼食後の眠気)などの症状があります。気虚に対する代表的な漢方薬が補中益気湯です。
補中益気湯は上記の気虚の症状以外にも,四肢の倦怠感,眼に力がない,声が弱々しいなどの場合がよい適応です(詳細は本連載「Q27補中益気湯はどのようなときに用いますか?」参照)。診察時に患者さんの眼や声に力がないと感じた場合は補中益気湯を考慮するとよいでしょう。また,風邪,肺炎,尿路感染症などが治癒したものの,なんとなく活気がない,食欲がない,微熱が続くといった場合にも活用できます。特に高齢者や基礎疾患をもつ患者さんは補中益気湯の適応になりやすいといえます。例えば,慢性閉塞性肺疾患(COPD)患者における補中益気湯の有用性として,食欲・栄養状態の改善や感冒罹患回数の減少などが挙げられています3)。さらに,漢方医学ではよく眠るためには体力が必要という考えがあります。気虚が目立つ不眠に対して補中益気湯が有効であった症例報告4)もあり,補中益気湯で不眠が改善する症例を経験します。
全身倦怠感+皮膚の乾燥,抜け毛が多いなどには十全大補湯
気虚に加えて,生体を循環する赤い液体「血(けつ)」が不足した状態である血虚(けっきょ)を合併している場合があります。血は現代の血液に近い概念ですが,生体の物質的側面を支える働きがあり,血虚の症状には,皮膚が乾燥する,抜け毛が多い,眼が疲れる,集中力がない,頭がボーッとする,こむら返りなどがあります。
全身倦怠感に加えて血虚を伴う場合には,気と血がともに不足した気血両虚(きけつりょうきょ)として,気と血を補う十全大補湯の適応です。特に冬期は空気の乾燥により,「皮膚のかゆみ」「皮膚がカサカサして白い粉をふく」「唇が乾燥する」など,皮膚や口唇の乾燥が血虚の症状として出現しやすい時期です。そのような皮脂欠乏症や皮脂欠乏性湿疹に対して,入浴や保湿剤の使用が制限される避難所生活という状況下では十全大補湯はよい選択肢となるかもしれません。老人性皮膚掻痒症5)や皮膚の乾燥と落屑を伴う難治の皮疹6)に対して十全大補湯が有効であった症例が報告されています。
最後に補中益気湯や十全大補湯を用いる際の注意点として,これらの漢方薬は附子(ぶし)や乾姜(かんきょう)を含まず,身体を強力に温める作用はありません。漢方治療では,冷えを伴う場合は温める治療を優先します。冷えや低体温症の傾向がある全身倦怠感には,特別編Q2(低体温症,冷え)で紹介した人参湯(にんじんとう;No.32)や真武湯(しんぶとう;No.30),さらに非常につらい全身倦怠感と強い冷えがある場合には人参湯+真武湯〔茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)〕を用いるとよいでしょう。
■文献
1) 高山真,他:東日本大震災における東洋医学による医療活動.日東洋医誌 62(5):621-626,2011
2) 日本東洋医学会:能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案
3) 巽浩一郎:COPDにおける補中益気湯の臨床的有用性.日東洋医誌 62 (3):329-336,2011
4) 木村容子,他:補中益気湯で不眠が改善した7症例.日東洋医誌 66 (3):228-235,2015
5) 隝田治:老人性皮膚掻痒症に対する十全大補湯の有用性.日東洋医誌50 (5):877-881,2000
6) 地野充時,他:皮膚疾患に対する十全大補湯の応用とその作用機序に関する一考察.日東洋医誌 59(1):63-71,2008
吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
・『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
・『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
・『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017
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