特別編-Question 7 
被災時・避難時に体調管理に活用できる漢方薬を教えてください(精神症状①)

吉永 亮(飯塚病院東洋医学センター漢方診療科)

 

Answer

被災から4週間程度経過すると,苛立ち,不安感,浮動感,不眠などの精神症状が増加します。日本東洋医学会が公開した「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案1)では,精神症状に対する漢方薬として抑肝散,加味帰脾湯が挙げられており,患者さんの精神症状に応じて使い分けます。 

 

東日本大震災時における東洋医学による医療活動の報告では,被災から4週間程度経過すると,繰り返す余震や避難所生活の長期化などのストレスを背景として,苛立ち,不安感,浮動感,不眠などの精神症状,身体表現性障害が増加しました2)。日本東洋医学会が公開した「能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案1)では,精神症状に対する漢方薬として,イライラに対して抑肝散(よくかんさん;No.54),不眠,不安に対して加味帰脾湯(かみきひとう;No.137)が挙げられています。今回は精神症状に対するこれらの漢方薬を紹介します。

 

怒りや肝の高ぶりを伴う苛立ちや不眠に抑肝散
超高齢社会のなかで認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)に広く用いられている抑肝散ですが,もともと抑肝散は,癇癪を起こしやすい子どもの易怒性や夜泣きに対して用いられていたと,1500年代に中国で書かれた小児の医学書に記載されています。江戸時代の漢方の名医が抑肝散を投与する目標として「多怒(怒りっぽい)・不眠・性急(せっかちなこと,気が短いこと)」を挙げており,筆者もこれを参考に抑肝散をさまざまな愁訴に活用しています。イライラしてなかなか寝付けない不眠が典型的な抑肝散の適応ですが,現代の日本人は怒りを内に秘めており,場合によっては自分が怒っていることすら自覚していないことがあるので,怒りの有無を丁寧に問うことが抑肝散を活用する鍵といわれています3)

 

また,抑肝散は肝の高ぶりに対して用いる漢方薬です。イライラや大声を出すといった特徴以外にも,手足をせわしなく動かしている(貧乏ゆすりなど),眼瞼痙攣がある,歯ぎしりをしているなども肝の高ぶりを示唆する所見になります。

 

被災地では通常の日常生活が送れず我慢を強いられることから,感情が抑圧された過緊張状態が長期間続くことよってさまざまな不調が生じると想像されます。怒りや肝の高ぶりの徴候を見逃さずに抑肝散を活用してください。詳細な抑肝散の解説や活用は本連載「Q25抑肝散を減量・中止するタイミングを教えてください (1)」「Q26抑肝散を減量・中止するタイミングを教えてください (2)」をご参照ください。

 

食欲がなく,思い悩んでしまう不眠に加味帰脾湯
加味帰脾湯は食欲不振と不眠を同時に訴える場合に用いる漢方薬で,特に心配性で,くよくよと思い悩んでしまうような場合がよい適応です。

 

加味帰脾湯は,気(き)を補う作用のある人参(にんじん),黄耆(おうぎ),茯苓(ぶくりょう),朮(じゅつ)に加えて,酸棗仁(さんそうにん),竜眼肉(りゅうがんにく),遠志(おんじ)などの精神安定作用のある生薬が代表的な構成生薬です。そのため,加味帰脾湯はいろいろな悩みで心を苦しみ,そのストレスから食欲や気力がなくなった場合に用います。姑との関係に悩む女性や,管理職などで負担を受け入れるしかない立場でストレスが続くといった具合に,心身ともに消耗する体験を機に生じた精神状態が加味帰脾湯の適応になりやすいといわれています。

 

また,更年期症候群に頻用される加味逍遙散(かみしょうようさん;No.24)との鑑別点として,加味帰脾湯が有効な精神症状は抑うつ,無力感で,加味逍遙散はイライラなどの興奮,焦燥が主体であるといわれています。耳鼻咽喉科を受診した,心因性要素がめまい,耳鳴りなどの症状を悪化させている抑うつスコアが高い症例には,加味逍遙散より加味帰脾湯のほうが有効であったとする報告4)があります。そのほか,基礎実験ではオキシトシンを介した加味帰脾湯の抗ストレス作用5)が近年注目されています。

 

避難生活や余震など,さまざまなストレスから精神症状を生じている患者さんに対して,精神状態に応じて抑肝散や加味帰脾湯を活用してほしいと思います。

 

■文献
1) 日本東洋医学会:能登半島地震,避難時体調管理への漢方薬活用(適正使用)のご提案
2) 高山 真, 他 : 東日本大震災における東洋医学による医療活動. 日東洋医誌 62(5) : 621-626, 2011
3) 秋葉哲生 : 広い応用をめざした漢方製剤の活用法 活用自在の処方解説. pp114-115, ライフ・サイエンス, 2009
4) 田中久夫 : 耳鼻咽喉科医が行なう心身症の加療の考え方と問題点およびうつ傾向を伴う心身症症例への漢方加療-加味帰脾湯を中心に-. Phil漢方47 : 20-22, 2014
5) 塚田 愛, 他 : ストレスに対する漢方薬の有用性. Equilibrium Res 80(4) : 296-302, 2021

 


吉永 亮
飯塚病院東洋医学センター漢方診療科
2004年自治医科大学卒業。飯塚病院で初期研修後,漢方診療科で外来研修を行いながら離島や山間地で地域医療に従事。さらに深く漢方を勉強しようと2013年から現職。総合病院の漢方専門外来・入院治療,大学病院の総合診療科外来,家庭医外来など,さまざまなセッティングで漢方治療を行っています。日々,漢方の可能性を拡げるべく漢方診療を行いながら,プライマリ・ケア,総合診療に役立つ漢方の考え方・使い方を発信しています。
〈専門医等〉
九州大学病院総合診療科特別教員(漢方外来担当)
日本東洋医学会漢方専門医・指導医・学術教育委員
日本内科学会総合内科専門医
日本プライマリ・ケア連合学会家庭医療指導医
医学博士
〈主な著書〉
『ジェネラリスト・漢方―とっておきの漢方活用術』 medicina Vol.58 No.8,吉永 亮(編),医学書院,2021
『あつまれ!!飯塚漢方カンファレンス―漢方処方のプロセスがわかる』 吉永 亮(著),南山堂,2021
『本当はもっと効く!もっと使える!メジャー漢方薬―目からウロコの活用術』 Gノート増刊Vol.4 No.6,吉永 亮,樫尾明彦(編),羊土社,2017

こちらの記事の内容はお役に立ちましたか?