(前回からつづく)
総合診療医を主人公とする漫画『19番目のカルテ―徳重晃の問診』が、TBS系列「日曜劇場」にてドラマ化され、大きな反響を呼びました。そこで本連載では、その原作漫画家の富士屋カツヒト氏と、常に「総合診療」の最前線を走り続け、ドラマの医療監修も務めた生坂政臣氏をお招きし、『19番目のカルテ』、そして「総合診療」について、語り合っていただきます。第2回は、日曜劇場『19番目のカルテ』に焦点を当て、ドラマ化の経緯や撮影裏話、主演の松本潤さんの役づくりなど、たっぷりお話をうかがいました。(編集室)
※今回の内容にはドラマ「第1話」「最終回」に関する ネタバレ が含まれますのでご注意ください。

富士屋カツヒト
(漫画家、漫画『19番目のカルテ』著者)
生坂政臣
(千葉大学名誉教授、生坂医院、日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会委員長、ドラマ『19番目のカルテ』医療監修)
――『19番目のカルテ』がドラマ化されると耳にして、「ついにこの日が来たか!」と編集室でも小躍りして喜びました。まず、ドラマ化の経緯やご心境からお聞かせください。
生坂 私も小躍りしました!
富士屋 ありがとうございます。私もです(笑)。ゼノン編集部から、「日曜劇場」でドラマ化されるかもしれない、という話を少し聞いてはいたのですが、前回も話題になったように、『19番目のカルテ』は派手なシーンには欠ける漫画です。深夜帯ならまだしも、日曜劇場では「無理でしょう」と思っていました。そしたら決まったというので、「まるで夢のよう」という感覚でした。
一方で原作者としては、やはり漫画の方向性から大きくはズレないといいなという願いはあります。不安と期待が拮抗していましたが、ドラマ第1話の脚本を拝読して非常に安心しました。
生坂 私に「医療監修」の声がかかった時は、本当に嬉しかったですね。「総合診療」を国民に知ってもらう千載一遇のチャンスだと思い、「全身全霊をかけてやろう」と意気込みました。
『19番目のカルテ』は漫画でも感動していましたが、脚本も毎回泣きました。医療監修では医学的整合性に意識を集中させて脚本を読むので感情移入が起こりにくいのですが、本作ではどの回も涙をこらえることができませんでした。
これまでの医療監修で経験しなかったことが、もう一つあります。脚本家との度重なる打ち合わせです。以前は、プロデューサーが間に入った伝言形式での意見交換が主でした。医療監修者が対面で医学的リアリティを追求すると、脚本家の自由な発想に棹さしてしまうからでしょう。今回は、脚本を担当された坪田文さんとの打ち合わせで「森を意識しながら木を見る」などの総合診療医の心構えを話すと、むしろそれらの言葉を積極的に脚本に取り入れてくださいました(ドラマ第4話)。
「あなたと私。そのあいだに心は生まれる」(ドラマ第5話)をはじめ、数々の心に響く言葉を紡いだ坪田さんも、やはり「原作がいい」とおっしゃっていましたね。青山貴洋監督をはじめ他の監督陣も、「原作のこの台詞は動かしたくない」とこだわってディレクションされていました。
富士屋 これ以上ない形でドラマ化していただいたと思います。もう少しテレビならではの変更点があるかなと思っていたのですが、原作の本質をきちんと入れていただきました。

特別編「撮影見学の巻」より©富士屋カツヒト/コアミックス
「憑依」するように話を聞く
生坂 私は以前、同じ「日曜劇場」枠で『GM~踊れドクター』(主演=東山紀之、2010)というドラマの医療監修を務めたことがあります。その時は、「診断」に特化した内容をリクエストされました。総合診療が国民に全く知られていない時代でしたので、デフォルメされても大学病院総合診療科の名前を覚えてもらえばよしとして、稀な病気を鮮やかに診断する大衆受けしそうな探偵風ドラマに振り切りました。総合診療を略した「そうしん」という言葉が初めて地上波に乗った時の感激を、今でも覚えています。あれから15年経ち、今度こそ総合診療医の真の姿を伝えたいが、会話劇が中心の『19番目のカルテ』はドラマ化が難しいのではないか、とも思っていました。
横山(ゼノン編集部) 本作を企画したプロデューサーの益田千愛さんが、インタビュー記事で企画の経緯を詳しく語ってくださっています。医療漫画と同様、「医療ドラマ」といえば一大ジャンルですが、益田さんは医療ドラマをつくりたかったわけではないと。「人の話を聞く 仕事」と検索して、『19番目のカルテ』を見つけていただいたということでした。
生坂 そうですね。このドラマには派手な救命や手術のシーンはなく、患者さんの話を聞く「問診」のシーンが中心になるということは、最初からスタッフ全員で共有していました。青山監督の言葉をお借りすれば、「ただ人と人がしゃべっているだけに見えがちな問診シーンに、どのような演出的工夫を加えられるか」が最大の課題でした。
私は医療面接の指導をする時、「患者さんに憑依するように問診しなさい」と言っています。ここ何年も、「患者さんの立場に立つ」のではなく、「患者になれ」と言ってきましたが、実際には患者になれるわけではないので、若手にはなかなか伝わりません。患者の一挙手一投足から、自宅の間取りや食卓で誰がどこに座るのか、テレビやストーブの場所に至るまで、細かく聞くのは、“患者再現VTR”の構築を目指した病歴聴取であり、16年前にNHKの『総合診療医ドクターG』で紹介した重要な問診技法ですが、これはあくまで患者を第三者の目で見たイメージです。「憑依」はその進化版で、それらを患者の目を通して見る、あるいは患者の肌で感じるように当事者として没入する感覚です。“患者再現VTR”は器質的疾患の診断に極めて有用ですが、「憑依」のテクニックにより、患者の対処行動の妥当性の把握も可能となり、心因性疾患や虚偽の症状まで診断できます。もっとも、疾患や人生経験がこれからの若い医師にとって、患者の苦しみや生活の不便さを手にとるようにイメージするのは容易ではないでしょう。
しかし今回、この話を聞いた脚本家の坪田さんと青山監督が、患者・家族の回想の中に医師自身が入っていく、という映像ならではの表現で「憑依」を具現化し、地味な問診風景を見応えのあるシーンにしてくださいました。試写会で見たときは、「まさにこれだ!」と震えましたね。患者の回想と徳重が渾然一体となった表現、例えばドラマ第1話の咽頭痛を訴える患者がコップを落とすシーンや、慢性疼痛の患者がペンを落とすシーンの映像を見れば、憑依のイメージをつかめると思います。これは、私たちの病歴聴取の教育にも使えると感じました。

第6話「夫婦と“病い”と」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第6話(2巻収載)=ドラマ第4話では、糖尿病の夫(演=浜野謙太)と妻(演=倉科カナ)の不和を通じて、「疾患」と「病い」について描かれた(漫画や全国放送で「desease」と「illness」が解説され感無量…!)。この回では、夫が語る過去の記憶の中に、徳重(演=松本潤)が入り込んでいく「憑依」の演出も取り入れられた。
富士屋 ドラマの徳重の決め台詞は、「あなたの話を聞かせてください」でしたよね。
生坂 ドラマ第1話に、すでにあちこちを受診してきた慢性疼痛の患者さん(演=仲里依紗)が、徳重の診療を受けることになり、改めて経過を尋ねるシーンがありました。私自身、こうした方をたくさん診てきましたが、患者さんにしてみれば、これまでに同じ話を何度となくしてきただけに、「紹介状やカルテに書いてあるでしょう!」と思われて当然です。しかし、それらの文書は医師の言葉に置き換えてありますし、ご本人が書いた文章であったとしても、実際の言葉で聞くのとでは伝わるものが全く異なります。そのため私は、毎回「あなたの言葉で聞かせてください」とお願いするわけです。私の診察動画を見た松本潤さんが最初に着目したのがこの言葉で、「これいいですよね。ぜひドラマで使いたい」とおっしゃり、それが、第1話の「あなたの言葉で聞きたいので、もう一度お願いします」という徳重の台詞になりました。決め台詞の「あなたの話を聞かせてください」は、原作の根底に流れる「患者の物語」を汲んだ、坪田さんやプロデューサーのご提案だと思います。
2つの医師の原点
富士屋 しかし、それだけしっかり話を聞くには、ものすごく時間がかかるのではありませんか?
生坂 まったくおっしゃるとおりです。毎回「憑依」する必要はありませんが、診断困難例では指導医クラスでも1時間はかかるでしょう。
富士屋 具体的な話を引き出すというのは、とても難しいと思います。「話を聞く」というのは、非常に奥が深い…。
生坂 しかし日本には、教育と診療報酬体系の問題があります(編集室註:本連載第3回に詳細を掲載予定)。
富士屋 診療報酬の問題は、ドラマでも赤池医師(演=田中泯)が繰り返し指摘していましたね。
生坂 そのため、多くの外来は“3分診療”で回していかなければなりません。その意味では、このドラマは非現実的ではあるのです。徳重らは、かなり時間をかけて患者・家族の話を聞いていますから。
にもかかわらず、このドラマへの医師によるバッシングは、不思議と少ないんです。私が某局で立ち上げた診断番組は、国民ウケしたものの、「こんなレアな疾患を出すな」とか「診断は総合診療医の仕事ではない」とか、同業者から何かと叩かれましたが…(笑)。
富士屋 バッシングが少ないというのは嬉しいことですが、なぜなのでしょうか?
生坂 「話を聞く」というのは、医師の原点です。ですから『19番目のカルテ』のメッセージには、医師にとって身につまされるところがあるのではないでしょうか。医学生の頃はみんな患者さんの話を丁寧に聴いていました。ところが、医師になって外来に出たとたんに極端な時間制限を強いられ、“3分診療”に強烈な不全感を覚えたはずです。でも年月を重ねるにつれ、その診療に慣れていく…。本当はもっとじっくり患者の話を聞きたいという気持ちを封印して…。しかし、このドラマで描かれた、傾聴を通して患者の人生が変わっていく感動を目の当たりにし、原点を思い出したのではないでしょうか。
あ、それでもドラマ第1話で、咽頭痛を訴え、その後に心筋梗塞が判明する患者(演=六平直政)に、徳重が腰を据えて「話を聞かせてください」と言うシーンには、医者からけっこう批判がありました。心筋梗塞を疑っているんだから、ニトロをスプレーするなり、モルヒネを静注するなり、話を聞いている場合じゃないだろうと。もちろんドラマ上の演出があったのは認めますが、それでもこれには医学的反論があります。
富士屋 ぜひ聞かせてください。
生坂 私はあのシーンで松本さんに、むしろ台詞のテンポをもっと落とすように伝えました。それはなぜか?
この場合の咽頭痛は、心筋梗塞による痛み(内臓痛)を脳が誤認したことによる「関連痛」です。内臓痛は主として鈍い痛みを伝達するC線維を介しており、さらにその誤認痛なので通常、激痛にはなりません。あの時、患者さんが「何とかしろ!」と興奮していたのは、痛みではなくおそらく「不安」によるものと判断できます。ですから、まず行うべきは落ち着かせることだったのです。興奮状態がおさまれば、交感神経も抑制され心筋の酸素消費量を減らせますし、スプレーを吸ったり飲み込んだりせず口腔内でしっかり吸収させることもできます。また経口抗血小板薬の吸収遅延のリスクがあるモルヒネも、安易な投与には慎重であるべきです。
ドラマで取り上げられるエピソード数には限りがありますが、このシーンは漫画の第9話を念頭に置いていました。
富士屋 徳重が離島診療所に赴任していた時、くも膜下出血が疑われる血圧230mmHgの患者さんを、赤池医師が言葉かけ一つで安心させ、容態が落ち着いた場面のことですね。安心すると副交感神経の働きで勉強しましたので、そのように描きました。
生坂 ええ、それには医学的裏づけがあります。そして、患者さんを言葉や表情で「安心させること」は、やはり医師の原点です。

第9話「“医者”の顔(後編)」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第8・9話(2巻収載)では、卒後4年目で離島の診療所に赴任した若き日の徳重(演=松本潤)と赤池(演=田中泯)の交流が描かれた。くも膜下出血を疑われる患者が受診し、焦りと不安から眉間に皺を寄せた徳重を前に、赤池はにこやかに患者に声をかける。すると、立ちどころに患者の容態が落ち着いて…。
松本潤さんの役づくり
富士屋 松本さんをはじめ、レギュラー陣・ゲスト陣ともに、それぞれ原作のキャラクターを魅力的に演じてくださったことも、このドラマの見どころでした。
生坂 ええ、本当に。
松本さんは、まるで本当の総合診療医になりたいかのような質問をしてくるのです。役者というのは台本どおりに演じるものと思っていましたので、現場ではいつも真剣勝負で医療監修のやりがいを感じましたね。その様子は、岩崎愛奈プロデューサーも詳しく述べられています。
松本さんの真剣さはロケ前から始まっていました。診察のビデオを見たいというので、模擬患者でいいか聞いたら、私が実際に患者を診ているものがいいとのこと。探して2本送りましたが、「もっと見たい」ということで、さらに1本送ったほどです。それらのビデオを見て、「この時の先生の気持ちはどういう感じでしたか?」と細かく聞いてくるのです。まるで私が徳重に問診されているような気分でした(笑)。
撮影現場でも患者との間合いや、どれくらいの距離から話し始め、どちらが先に座るとよいか、台詞回しのスピードなども細かく尋ねられました。まさに一を聞いて十を知るといった調子で、理解も驚くほど速かったです。
たとえば苛立ちを抱えている患者さんの場合は、医師が先に座らなければ座ってくれません。患者さんの話すスピードに合わせる「ペーシング」も重要です。患者さんがゆっくり話している時に、こちらがまくし立ててはいけませんし、逆に患者さんが怒って早口で話している時に、こちらがゆっくり話していては苛立ちに拍車をかけてしまいます。青山監督を中心に、これらすべてに気を配りながら繊細に撮影が進められました。
今まで多くの教室員を指導してきたけれど、短期勝負ということもあって、松本さんが一番熱心だったかもしれません(笑)。
富士屋 まるで松本さんの“指導医”になられたわけですね。
生坂 当初はそうとも言える関係でしたが、終盤は逆転しました。医師と患者では医学的知識に差がありますから、基本的にゆっくり話す必要がありますが、私は早口になりがちなんです。そのため、松本さんの台詞回しを思い出して、ゆっくり話さなければならないと気をつけるようになりました。おかげで、私の診療が変わりました。究極の総合診療医を体現した松本さんの演技が、私に行動変容を起こしたと言えます。
富士屋 私も撮影見学にうかがった時に松本さんの役づくりの一幕を目撃し、特別編に少し描かせていただきました。熱心さが伝わってきましたね。俳優さん・スタッフさん皆で私の漫画を掘り下げて、それぞれプロの仕事をしていただいている様子に胸が熱くなりました。

特別編「撮影見学の巻」より©富士屋カツヒト/コアミックス