(前回からつづく)
総合診療医を主人公とする漫画『19番目のカルテ―徳重晃の問診』が、TBS系列「日曜劇場」にてドラマ化され、大きな反響を呼びました。そこで本連載では、その原作漫画家の富士屋カツヒト氏と、常に「総合診療」の最前線を走り続け、ドラマの医療監修も務めた生坂政臣氏をお招きし、『19番目のカルテ』、そして「総合診療」について、語り合っていただきます。「最終回」となる第4回は、『19番目のカルテ』と「総合診療」の今後を展望していただきました。(編集室)

富士屋カツヒト
(漫画家、漫画『19番目のカルテ』著者)
生坂政臣
(千葉大学名誉教授、生坂医院、日本専門医機構 総合診療専門医検討委員会委員長、ドラマ『19番目のカルテ』医療監修)
――ドラマ『19番目のカルテ』は完結しましたが、漫画はまだまだ続いていきます。先月末には「12巻」も発売されました。今後の展開は、どうお考えですか?
富士屋 そうですね。まだわかりませんが、他の18専門領域との絡みを各科全部、少なくとも1エピソードずつは描きたいと思っています。
生坂 最近(11巻)では、脳外科が舞台で、術後に原因不明の発熱を繰り返す患者さんに、徳重が「入院関連偽痛風」だと診断するエピソードは“総診あるある”なので、取り上げてくださって嬉しかったです(漫画第49話)。
富士屋 その回は、脳外科医の関がバーンアウトしかかっていて、医師の「ワークライフバランス」を併せて主題としていました。
生坂 『19番目のカルテ』は、患者さんだけでなく、他科を含む医師たちにもスポットを当て、「働き方改革」などの時事も含めて描かれているのが面白いところです。
社会問題も反映されていて、12巻では「梅毒」が取り上げられていました(漫画第52話)。近年、流行著しいですので、読者への注意喚起にもなりますね。
富士屋 「普通であること」をテーマとした梅毒の回は、非常に描くのが難しかったです。ぜひご覧いただければと思います。

第52話「なにもない」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第52話(12巻収載)では、滝野(演=小芝風花)の外来を受診した若い女性が血液検査の結果「梅毒」陽性に。事前の問診で「性交渉歴」を聞いた際には回答を拒否されていた。滝野は再受診時に改めて話を聞こうとするが…。
医療に関する“あなたの声”を、聞かせてください。
――ドラマ化され、より社会的影響が大きくなりました。「総合診療医の存在を初めて知った」「こんな医師に診てほしい」といった視聴者の声が多く聞かれました。
生坂 非常に反響が大きかったです。これまでも情報発信に努めてはきましたが、今回は次元の異なる手応えがありました。私が委員長を務める総合診療専門医検討委員会(日本専門医機構)のXのアカウントで、総合診療医によるドラマの感想を発信したところ、桁違いのアクセスと「いいね」をいただきました。『19番目のカルテ』のおかげで、「総合診療」への認知と理解が一気に進んだように思います。
富士屋 「総合診療」という人の診(見)方や、こうしたコミュニケーションの仕方もあるということの認知が広がれば、という思いもありましたので、私も非常に嬉しく思います。
生坂 ドラマの医療監修をお引き受けして最初の打合せの時、座長の松本潤さんが「エンターテインメントであることは重要だけれど、そのうえで少しでも日本の医療の現状や総合診療への理解が広がるような作品にしたい」と述べられたのを聞いた時には、鳥肌が立ちましたね。これは「ガチでやってやろう!」と気合が入りました。
松本潤さん「放送前コメント」(一部抜粋)
このドラマをきっかけに「総合診療科」というものを知る方も多いのではないでしょうか? 僕もその1人です。
僕が演じる徳重は「総合診療」という新たな分野に、これからの日本の医療が変わっていく未来を感じながら患者さんと向き合っていきます。この作品を通して、日本の医療の現状や「総合診療」に対する理解が少しでも広がっていくと嬉しいです。
生坂 米国で総合診療医が普及・定着した背景の1つには、“国民の声”があります。専門医は高額でアクセスも悪いため、総合的・継続的に診療して必要な時だけ的確に専門医へつなぐ安価な総合診療医が欲しい、という市民運動が契機となったのです。
総合診療医も専門医も診療費が同額(詳細は第3回)のわが国では起こりえない運動ですし、むしろ国民は“専門医志向”と言えます。つまり、総合診療の普及のために日本で行うべきことは、「専門医にかかれないから総合診療医」ではなく、積極的にかかりたくなるように、総合診療医そのもののよさを知ってもらう必要があります。総合診療医を主人公とするドラマは、その最も効果的な広報戦略だと考えていました。
『19番目のカルテ』を通じて、医師が患者の「話を聞く」という、人々が半ば諦めていた診療が実在することを知り、「こんな医師に診てほしい」という声が広がれば、現在の医療制度を変える力になるかもしれません。
富士屋 前回、特に問題が複雑なケースに関しては、患者さんの話をじっくり聞いて的確な診断・治療を行う技術と時間が必要だが、日本ではそれに診療報酬がついていないという制度の課題をお話しいただきました。
生坂 現行の診療報酬で患者さんの話をじっくり聞くことは不可能です。とはいえ、診療報酬を上げれば、患者さんの自己負担額も上がることにはなります。しかし、超高齢社会の到来や社会格差の拡大により、複雑なケースは増加の一途をたどっています。千葉大総合診療科の自費診療を受けた、このような患者さんの「医療機関を転々としながら支払ってきた医療費を考えると決して高くない」という声に象徴されるように、薄利多売に依存せざるをえない医療提供体制を見直す時期にきているのではないでしょうか。

第49話「期待と信用」より©富士屋カツヒト/コアミックス
第48・49話(11巻収載)では、滝野(演=小芝風花)の同期で脳外科医の関医師の苦悩が描かれた。教授に期待され、診療に加え論文執筆や院内研修会に追われる関は、結婚生活もままならない多忙な日々に追い詰められていく。そうしたなか術後入院患者が原因不明の発熱を繰り返し…。
富士屋 読者の方から、『19番目のカルテ』を読んで、病院で医師に何を伝えるべきかわかるようになったし、実際に伝えられるようになったという嬉しいご感想もいただきました。一方的に医師に期待しすぎるのもよくありませんから、患者の心がまえのようなものを、漫画を通して疑似体験していただけたらとも思っています。先生方にも、漠然と「今日はどうされましたか?」と聞くのではなく、何を聞きたいのか、手の内を明かしていただけるとありがたいですね。そうしたコミュニケーションを通して、医療や制度の課題も解消されていくことを願います。
自分が患者だったら「こんな医師に診てほしい」を実現するには
――ドラマ最終回は、徳重医師(演=松本潤)の「現在日本で働く医師は約32万人、そのなかで総合診療の専門医はわずか1,000人ほど。まだまだ始まったばかりです。新しいものって認められるまでに時間がかかるものですから。でも、そうやって医療は変わってきました」というモノローグで締め括られました。「総合診療(専門)医」の今後については、いかがでしょうか?
富士屋 素朴な疑問ですが、なぜ総合診療医になる人は少ないのでしょうか?
生坂 さまざまな理由が複合していると思います。