八百 壮大(JCHO横浜保土ケ谷中央病院 総合診療科)
ウィリアム・オスラー博士は優れた臨床医・医学研究者・教育者、そしてヒューマニストとして知られ、その格調高く深みのある言葉は誰からも愛され、世代を超えて語り継がれてきました。筆者は2025年3月17~21日、米国のテキサス大学医学部ガルベストン校(University of Texas Medical Branch:UTMB)のJohn P. McGovern Academy of Oslerian Medicineが主催するVisiting Osler Scholarの招聘を受け、医学生や家庭医療専門研修中のレジデントに教育講演をする機会をいただきました。また、その翌週にはカリフォルニア州オークランドの貧困地区でのプライマリ・ケア診療所医療やstreet medicine(路上生活者診療)を視察し、さらにカリフォルニア大学サンフランシスコ校(University of California San Francisco:UCSF)家庭医療レジデンシーとしてザッカーバーグ・サンフランシスコ総合病院(以下、サンフランシスコ総合病院)の家庭医療科を視察しました。この小旅行の最後には、オスラー先生を敬愛し、日野原重明先生の友人でもあり、日本の臨床医学教育にも大きく貢献なさった偉大な総合診療医、ローレンス・ティアニー先生のもとを訪問してお話を聴く機会も得ました。
得難い経験をした2週間は、米国のヘルスケアにAIを含むさまざまなテクノロジーが組み込まれ大きく進化していく現状を目の当たりにしながらも、混乱の続く世界情勢や米国内の実情の中で、ヘルスケアの専門職として忘れてはならないヒューマニズムが、個人あるいは組織としてどのように発揮されているのかを見聞きし、省察するまたとない機会となりました。
第1回記事:Visiting Osler Scholar体験記①―「脳の塵払い」の機会を得て
第2回記事:Visiting Osler Scholar体験記②―国境の先に社会医学教育の共通点をみる
第3回記事:カリフォルニア州での格差や貧困に対する取り組み―street medicineを視察して
前回はNicholas Kenji Taylor先生(Torii Health)の案内で、カリフォルニア州オークランドにおける貧困地区のプライマリ・ケア診療所やstreet medicineを視察した経験を報告しました。Taylor先生は以前UCSFの家庭医療レジデンシーのチーフレジデントを務めていたというすごい経歴の持ち主です。そのご縁で、同レジデンシーの外来・病棟研修が行われるサンフランシスコ総合病院を案内いただきました。同病院は米国で初めてHIV診療が始まった歴史のある公的な総合病院です。また、家庭医療の世界ではKevin Grumbach教授やThomas Bodenheimer教授がいることでも有名です(お二人の共著『Improving Primary Care』は名著で、筆者は勤務する病院の外来診療の枠の作り方などを参考にさせてもらった書籍です)。セキュリティ上も気軽には入れない内部を案内してくれる友人を持てたことは、本当に幸運でした。
また、前週のVisiting Osler Scholarとしての米国出張前に、日本病院総合診療医学会でお会いした徳田安春先生(群星沖縄臨床研修センター長)より、「サンフランシスコに行くなら、是非ティアニー先生に会ってくると良いですよ」とご助言をいただき、UCSFの名誉教授であるローレンス・ティアニー先生に連絡をとって現地でお会いすることになりました。 ティアニー先生といえば、言わずと知れた伝説的な総合診療医です。私が茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)の初期研修医だった頃、初期研修医のティーチングのために毎年来てくださっており、やさしくユーモラスに、そして平易な英語を使って、ケースプレゼンテーションを題材にした指導をしてくださっていたことが思い出されます。年齢と主訴、病歴と身体所見だけで次々と難解な症例の臨床推論をしていく、その神がかった思考回路に驚きと高揚感を持ったことは、今でも鮮明に記憶に残っています。日本の総合診療の発展に大きく貢献なさったティアニー先生は、現在は臨床医を引退され、サンフランシスコでご家族と暮らしており、「Uncle Larry!(ラリーおじさん:ラリーはティアニー先生の愛称)」と慕う親友の子Oliverさんもサポートしてくれています。筆者が最後にお会いしたのは、2018年の湘南藤沢徳洲会病院でした。感染症診療の大家、青木眞先生(感染症コンサルタント、米国感染症専門医)もその時にいらしていて、初期研修医がプレゼンテーションをする咽頭痛の症例について、GIMカンファレンスらしい、達人のディスカッションがなされていたのが、つい先日のように思えてきます。
最終回の今回はサンフランシスコ総合病院視察とティアニー先生訪問について報告します。

ザッカーバーグ・サンフランシスコ総合病院正面。米国で初めてHIV診療が始まった歴史ある病院である。Metaのザッカーバーグ氏が巨額の寄付を行ったことでその名前が病院名に反映されている。