【第3回】自分の“裸”に向き合い続ける方法は
─医師は“裸の王様”か?③(岩瀬 翔)

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【今回の書き手】
岩瀬 翔(前・青ヶ島診療所、多摩総合医療センター総合診療科/医師

前回の「手紙」はこちら
※本連載は書き手が交互に入れ替わる「往復書簡」のスタイルで進めていきます。詳細は連載趣旨をぜひご覧ください。

あやかさん、お返事ありがとうございました。
地域に開いた病院の温かさが伝わってきました。

 

こちら青ヶ島は、東京都心から南へ360km。
「南の島」という言葉から想像するような穏やかな気候ではなく、5~7月は長引く梅雨で視界が悪く、1日1便のヘリコプターが何日も欠航してしまいます。

さて、手紙第2回)の中で投げかけてくれた問い——


では、なぜ翔くんは気づけたのでしょうか? 
また、今も十分気づけていると思いますか?

という一節の先を読んだとき、正直に言うと、胸のあたりが少し痛みました。
図星を突かれた、という表現が一番近いかもしれません。


つらさと同時に、不思議な高揚感もありました。

まだ知らなかった自分に、少しだけ触れたような感覚です。

「医療者がたくさんいる」と書いたとき、私は無意識のうちに、自分をその外側に置いていた
もう「気づけている側」に立ったつもりになっていたのだと思います。
それを言葉にされて初めて、自分の立ち位置の不自然さに気づきました。

患者さんにとっての幸せを一緒に探すためには、まだ着ていない服、あるいは脱ぎ損ねている服が、たくさんある。
自分を棚に上げていたことに気づけたのも、こうして手紙をやりとりすることで、自分の経験を言葉にできているからだと感じています。

「孤独」についてのエピソードも、とても印象に残りました。
医学の世界では、「孤独=健康リスク」という見方が、もはや常識になりつつあります。
私自身も研究や事例について学び、その視点を疑わずに持っていました。

けれど、診療所や地域で出会う人たちの中には、「孤立しているのでは?」と医療者が気にかけても、本人は穏やかで、満ち足りた生活を送っている人が確かにいますね。
あやかさんの言う“孤独の多面性”という言葉は、そうした違和感に輪郭を与えてくれました

霧に包まれた青ヶ島のヘリポート。
自分の実存も霧を掴むような感覚になることがあり、模索しながら進んでいます。
  

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