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【今回の書き手】
福井彩香(同善病院・同善会クリニック、一般社団法人コミュニティ&コミュニティホスピタル協会/コミュニティプランナー、薬剤師)
前回の「手紙」はこちら
※本連載は書き手が交互に入れ替わる「往復書簡」のスタイルで進めていきます。詳細は連載趣旨をぜひご覧ください。
翔くん、お久しぶりです。お元気でしょうか?
気づけば汗ばむ季節。貧困世帯が多い当院周辺の地域では、今でもクーラーを設置していない方や、設置していても利用を控えてしまう方が時折います。退院後の住環境への意識がより重要な時期になってきたな、と感じる今日この頃です。
少し前になりますが、4月に当院で、地域住民のみなさんとの共同イベント「あおぞらカフェ」を開催しました。今回で12回目、今年で4年目を迎えました。
このイベントでは、患者さんが司会をしたりブースを出店したり、職員や町内会のみなさんが演奏したりします。
近くの就労継続支援B型事業所「耕房"輝"」さんのクッキーとラスクが人気で、毎回売り切れになったり。
在宅診療を受けている患者さんがリハビリスタッフと一緒に来院して、手づくりの名前や写真入りのうちわやペンライトで、演奏するスタッフを応援したり。
誰が患者さんで誰がスタッフかわからない。
毎回新しい発見のある、そんなケアの「主体」と「客体」が混ざり合う場に、毎回密かにウルッときたりしています。
ありがたいことに、見学に来ていただくことも増えました。
そうしたなかで、「患者さんなのにすごい」「障害や病気があるのにすごい」という声を聞くことがあります。
純粋に「本当にそうだよね、すごいですよね!」と思いながらも、そこには「患者さんは可哀想」という前提や、無意識に患者を「保護すべき対象」としてのみ見る認識が潜んでいるのではないか。どこかで「病気や障害がないのがあるべき状態であり、障壁があるにもかかわらず頑張っている」という話になっていないか、と感じることがあります。
病気や障害があることは可哀想なことなのでしょうか?

外来リハビリ室や廊下、駐車場を開放。病院が地域の憩いの場に変身しています。
(写真は約1年前のあおぞらカフェ第9回のときのものです)