第7回 野良犬がまなざす「非対称性」の医学
—ネパール旅行記②

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執筆・撮影:田中 夏実(みんなの北診療所 所長)

前回よりつづく

 ネパールに旅行した理由の一つは、犬のお祭り「ククル・ティハール」を見ることだった(詳細は前回参照)。もう一つは、若い頃に行きそびれて、いつか訪れたいと思っていた国であったからだ。ネパールは、ブッダの生誕地とも言われ、自分が大きな影響を受けた師が、人生の大きな転換点を迎えた地だった。

 ククル・ティハール(Kukur Tihar)とは、ヒンドゥー教の毎年の祭礼であるティハールの「犬(Kukur)をたたえる日」のことである。この日は飼い犬も野良犬も、額にティカ(祝福の印)を与えられ、マリーゴールドの花輪を首にかけられて、ごちそうを振る舞われる。そのあたりの野良犬が、額にティカをつけ、花輪をかけて寝そべっている姿は、見ていて幸せな気持ちになった。


お祭り用の花輪を買う人たち。額にティカをつけ、花輪を首にかけた犬も店先に。

 ネパールは、「ククル・ティハール」に象徴されるように犬と人間の距離が近い国だが、「狂犬病」の蔓延国でもある。犬のお祭りを見に来ておきながら、わたしは「野良犬には決して触らない」と決めていた。犬と人間の間に明瞭な境界線を引く非対称性の論理」は、医学を含む近代科学において支配的な論理である。しかし、人間の心や体では、「対称性の論理」という、もう一つの論理も動いている。今回は、中沢新一の「対称性人類学」を手がかりに、ネパールで思い巡らせたことを振り返ってみたい。


野良犬も首輪をかけている。
野良犬が多いということは、繁殖による個体数の増加や虐待、狂犬病などのリスク増大といった不幸な側面も予測される。
地域猫ならぬ「コミュニティドッグ」の活動を行うボランティア団体があり、避妊・去勢手術を受けて地域で暮らす犬も多いという。
街中の野良犬ののんびりした様子を見
ていると、その活動はある程度功を奏しているのではないかと感じられた。

(写真はクリックすると拡大できます)

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