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執筆:伊藤貴康(岐阜大学医学部附属病院 医師育成推進センター 助教)
【今回の悩み】
後輩や研修医から相談されれば、教えたり手伝ったりしています。でも、なぜか育っている実感がありません。何か間違っているのでしょうか?
「手伝う」は育てているのか?
「なんでも手伝うから、言ってね」
子どもが生まれて間もないころ、私は妻にそう伝えました。自分としては、かなり前向きな言葉のつもりでした。
ところが、返ってきた一言に衝撃を受けました。
「子どもは私たち2人の子どもなんだから、手伝うんじゃなくて、父親であるあなたも一緒に育てるのよ」
そのとき初めて、私は気づきました。自分では、めちゃくちゃ協力的な父親のつもりでした。しかし実際には、妻に言われたことをこなすだけの「補助者」にとどまっていたのです。
自己紹介が遅れました。家事も育児もダメダメだった私は、岐阜大学医学部附属病院 医師育成推進センターの伊藤貴康と申します。腎臓内科医として診療に携わる一方、研修医時代からICLS(Immediate Cardiac Life Support)の指導に関わってきました。現在は、卒前・卒後教育や、ICLS・JMECC(Japanese Medical Emergency Care Course)をはじめとするシミュレーション教育を中心に、診療・研究にも取り組んでいます。
医療者教育には長く携わってきた私ですが、家庭では家事も育児もわからないことだらけでした。家族構成は産婦人科の勤務医である妻、小学生の子と私の3人家族です。
教育に携わってきたのに、家庭では何もわからなかった
私は大学入学を機に一人暮らしを始めましたが、料理はほとんど作らず、結婚してからも家事の多くを妻に任せてきました。もちろん、育児は子どもが生まれてから初めて向き合うものでした。子どもが生まれた当時、私は単身赴任をしていました。産休・育休中で子どもと日々向き合う妻に対して、私が家族と一緒に過ごせるのは、2週間に一度の週末だけでした。
子どもが生まれてから、私は今までにない悩みに直面しました。家庭では、父親として関わりたい。しかし、医師としての責務も、今まで通り果たしたい。どちらも大切だとわかっていても、現実には時間が足りません。特に育児は初めてのことです。日々の生活を十分に把握できていない私は、無意識のうちに、妻に尋ね、言われたことをやるという関わり方になっていました。家族と過ごす時間を増やすためには、これまで職場に充てていた時間を減らさなければなりません。当然、今までと同じ働き方を続けることもできません。
「育児には今しかできないことがある!」
そう思った私は、思い切った決断をしました。単身赴任を解消し、定時で帰ることのできる職場へと勤務先を変えたのです。当直回数も、月8〜10回から3回へ減りました。退職の希望を伝えた際には、医局長から、長期間の育児休暇や、自宅から通勤でき、時間外勤務や当直のない病院への異動も提案していただきました。いずれもありがたいお話でした。しかし、一時的に環境を変えるだけでは、将来の人事異動によって、再び育児に関わりにくくなる可能性があります。また、妻が早期の職場復帰を考えていたことも、私の決断を後押ししました(その後、縁があって現在の勤務先に移りましたが、その際も、自宅から通勤でき、育児をある程度優先できる勤務体制であることを考慮しました)。
子どもが生まれて9カ月目。家族3人で過ごす日々が始まりました。妻は育児休業を終えて職場へ復帰し、私は新しい職場へ、子どもは保育園へ通う生活です。ただ、家にいる時間を増やしたからといって、すぐに育児ができるようになるわけではありません。朝晩の保育園への送迎など、妻に頼まれたことはこなしていました。そして当時の私は、それだけで、めちゃくちゃ協力的な父親になったつもりでいました。そうして口をついて出たのが、冒頭の言葉です。
「なんでも手伝うから、言ってね」
「手伝う人」から「主体者」へ
妻の一言を受けて、私は初めて「育児の主体者になる」ということを意識しました。私にとって、「主体者になる」とは、単に家事や育児の分担を増やすことではありません。何をしなければならないのかを自分で考え、自分の責任で動くこと。目の前の作業だけではなく、全体を見ること。どんな子に育ってほしいのかを考え、そのために自分が担うべきことを引き受ける。頼まれたことに応じるだけではなく、自分から関わる。この感覚を持って初めて、私は「関わっていること」と「育てていること」は違うのだと理解しました。
また、家庭には、担い手が限られています。2人しかいない場合、片方が「それはやらない」と決めた瞬間、その仕事はもう片方に回ります。たとえば、子どもがうんちをしたときのおむつ替えです。私調べでは、子どもがうんちをしたとき、自分では手を出さず、母親を呼ぶ父親は少なくありません。うんちのおむつ替えが苦手だからやらない、と父親が言えば、その分は母親が引き受けるしかありません。自分が断るということは、相手にその仕事を渡すということです。育児の主体者になるとは、この単純な構造を直視することでもありました。
職場でも、同じことが起きていた
振り返ると、職場でも似た場面があります。チームの中で「自分はそこには関わらない」と線を引けば、その仕事は誰かが引き受けることになります。補助者でいることは、一見すると関わっているように見えても、実際には責任を他者に預けているだけのこともあるのです。
つまり、主体者として関わるか、補助的に関わるかで、教育の質は大きく変わるのです。上級医や指導医から割り振られた指導はこなす。後輩から質問されたことには答える。研修医が困っているようであれば、その場では手を貸す。もちろん、それらも大切です。しかし、それだけでは、人を育てる主体者になったとは限りません。 後輩や研修医に、どのような医師に育ってほしいのか。そのために、自分は何を観察し、どこまで任せ、どの場面で声をかけるのか。そこまで考えて初めて、教育を自分の仕事として引き受けたことになります。
以前、私は職場で、上級医に言われたことはこなすけれど、自分では考えず、主体的に動かない人にもどかしさを感じることがありました。けれど、妻から見れば、家事や育児における私は、まさに同じ状態だったのかもしれません。人に求めていたことを、自分は家庭で十分に実践できていなかった。妻の一言は、そのことに気づかせてくれました。
育てているつもりで、自分も育てられている
私は育児に携わる前から、成人教育の現場で、人が育つとはどういうことか、指導者はどのように関わるべきかを悩み、考えてきました。そして、その視点を育児にも持ち込もうとしました。もちろん、そのまま使えた視点もあります。しかし、子どもは、正しさを伝えるだけでは動きません。頭ではわかっていたはずのことを、家庭で何度も問い直されました。
育児は、自分の子どもを育てているようで、逆に私自身も育てられています。そして、育児の主体者になろうとする中で、妻にも育てられていました。職場でも、研修医や後輩、周囲の医療者を育てているようで、自分も育てられていたのだと気づきました。そして、自分自身が教育の主体者として関わるだけでなく、子どもや研修医自身が主体性を身につけるためには、どのように関わればよいのかも考えるようになりました。
筆者の子どもの写真を基にCopilotでイラスト作成
家庭は、私の教育観を試す場になった
私にとって、家庭という生活の場で向き合う育児は、培ってきた教育力が試される経験となりました。なぜなら、家庭で問われる教育力は、教育の本質そのものだからです。相手の変化を観ること。正しさを押しつけるのではなく、相手に届く関わり方を選ぶこと。すぐに結果を求めず、待つこと。必要なところでは任せること。そして、目の前の出来事だけでなく、生活全体を見て関わること。こうした力は、人を育てるときに普遍的に必要な教育力なのだと思います。
職場では、教育者として振る舞う時間や場面をある程度選ぶことができます。教育を諦めることも最後の選択肢として残されているかもしれません。一方、育児や家族との関わりは、生活の中で繰り返し向き合わなければなりません。職場では抑えることのできる感情も、家族だからこそ感情的になり、自分の未熟さが露わになることもあります。したがって、家庭は、私にとって真剣に向き合わざるを得ない場であり、自分の人格や能力までも試される教育の場なのだと考えています。
今では、家庭で鍛え直された教育力は、職場での指導に確かに返ってきていると実感しています。逆に、職場で培った教育の視点も、家庭での育児・家事に役立っています。医師のキャリアにおいては「臨床・教育・研究」の三本柱に、育児や家庭での役割が加わり、忙しいなかでそのバランスをどうとるかといった問題に悩むことも多いと思います。その中で多くの医師は、家庭では子どもや家族に、職場では後輩や研修医に関わりながら、「どう育てればいいかわからない」「時間が足りない」といった壁にぶつかります。
本連載では、成人教育で学んだことを育児で試し、育児で気づかされたことを、再び職場での指導へ活かしていく――筆者が実際に体験してきた具体的な場面を挙げながら、人を育てるための視点と実践を考えていきます。仕事と育児・家庭の両立に悩んでいる医師には、職場と家庭は時間を奪い合うものではなく、教育力や成長といった観点から、相乗効果を生み出せる場だという点も伝えたいと思います。そして子育て中であるかどうかにかかわらず、職場で後輩・研修医と関わる際に、忙しいなかでも1つずつ持ち帰って実践できるTipsを毎回提示したいと思います。
今日のポイント
家庭でも職場でも、まずは“教育の主体者になること”から始めよう!
明日からの1アクション
家庭または職場で、頼まれる前に、何か1つ自分から引き受ける。
(次回につづく)
2026年9月上旬公開

伊藤 貴康(いとう たかやす)
岐阜大学医学部附属病院 医師育成推進センター 助教
2007年、三重大学医学部卒業。腎臓内科医として診療に携わる一方、卒前・卒後教育を担当。研修医時代からICLS指導に関わり、現在はICLS・JMECCを含むシミュレーション教育、医学生への仮想現実(VR)や拡張現実(AR)を用いた臨床推論教育、研修医の初期臨床研修全般、医学教育における指導者育成に継続して携わっている。医療教育の現場で培った成人教育の視点を、自身の育児経験と往復させながら、家庭と職場に共通する「人を育てる力」を考え続けている。著書に『指導がきっと楽しくなる! ICLS指導読本』(へるす出版、2024)。『内科救急診療指針2022』(日本内科学会専門医制度審議会 救急委員会 編、総合医学社、2022)では分担執筆を担当。