第12回 おでかけの計画


明日宮もなか(Twitter:@monaka_asumiya)


(前回はこちらから)

月曜朝。研修医室にキーボードの打鍵音が小気味よく響いている。
いつもの定位置で,なぎさはコーヒーを片手に電子カルテを確認していた。
週末の入院患者の様子を把握し,今日のToDoをまとめる。
患者が無事に週末を過ごしたことを確認し,安堵の面持ちで次のカルテを開く。

 

しばらくすると,遠くから聞き慣れた足音が近づいてきた。勢いよくドアが開け放たれる。
「おっはよー! なぎさ,今日も早いね」
杏奈が朝とは思えないテンションで部屋に入ってきた。
荷物を自席に置くと,すでに一仕事終えたかのようにどかっとソファーに腰掛けた。
続いて,朝が苦手なセリナが気だるげな表情を浮かべながら入ってきた。
一連の流れは,研修医室ではすっかり恒例の光景だった。

 

「ねぇねぇ! 金曜日,楽しかったね」
ソファーから身を乗り出した杏奈が二人に話しかける。
「久しぶりに大笑いしたよ」
セリナが応じる。
「私はまだモヤっとしてますけど」
なぎさがちらりと一瞥をくれたが,お構いなしに杏奈が続ける。

 

「ねえ,次はさ,おでかけしようよ! ハイキングとかどう?」
「出かけるのはいいけど,休日に体力消耗したくない」
気だるげに返事したセリナに対し,杏奈が食い気味で尋ねる

 

「じゃあ何したいのさぁ」
「強いて言うなら…,鹿でも見ながらのんびりかな」

 

セリナからの意外な返答に,杏奈となぎさは思わず顔を見合わせる。
「鹿なんてその辺をウロウロしてるじゃん!」
「セリナさん,出身この辺だったのでは?」

 

「親の転勤で生まれてすぐ関東に行った。実は今がほぼ初の奈良県民生活。鹿を見たのなんて動物園くらいだよ。なぎさは鹿,見たことあんの?」
セリナが問いかける。
「もちろん! 鹿もカモシカも,奈良じゃ普通に道を歩いてるよ」
なぎさが得意顔で答える。
「いやいや,カモシカがいるのは村だけだから」
杏奈が笑いながら,すかさず突っ込む。
余計な一言を加えてしまったなぎさは,顔を赤らめて電子カルテのほうに向き直った。

 

「で,なんでまた鹿なんて見たいの?」
杏奈がセリナに問いかける。
「奈良っぽいじゃん。奈良を感じたい。逆になんでハイキングなの?」
「えー,なんか,一緒に歩くと仲も深まりそうでしょ?」
杏奈が無邪気に答える。
「ふーん,まぁいいや。なんか考えてよ,よろしくー」
そう言い残してセリナは部屋を後にした。

 

セリナが去っていった研修医室で,杏奈はなぎさに熱い視線を送った。
困ったとき,結局はなぎさに頼るのが杏奈の常だ。
「ねぇなぎさ,どうしたらいいと思う?」
「そうね…,奈良を感じられて,一緒に散歩できるところ…,“ならまち”の散策とかどう? ならまちは昔の街並みが残ってて散歩も気持ちいいだろうし,古民家をリノベーションしたオシャレなカフェも多いみたいだよ」
「ならまちのカフェ巡り! なぎさ,さすがー! 頭イイね!」
杏奈は目をキラキラ輝かせると,さっそく人気のカフェを検索し始めた。

 

なぎさはやれやれと小さなため息をつくと,諭すように杏奈に話しかけた。
「まだ決まったわけじゃないでしょ。セリナさんに説明するために現状を整理しようよ」
そう告げると,プリンターの用紙トレイを引き出して紙を一枚取り出し,おもむろに書き出した。

 

「おでかけすることは同意を得られた。どこに行くかを決める必要があり,カフェ巡りを提案してみる。日程に余裕はありそう。提案は今日中にして,最終決定は木曜くらいでもいいかもね。セリナさんは散策程度ならOKしてもらえそうだし,私はバスや電車移動を最小限にしたいからカフェ巡りなら歓迎よ。セリナさんへの提案は杏奈が担当してね」

 

なぎさは書き終えた紙を杏奈に手渡した。
「うわ,すごいね,飛鳥先生みたい! 完璧に整理されてるじゃん!」
杏奈はなぎさの手書きメモを見つめたあと,感動を込めてなぎさに伝えた。
「よおし,プレゼンしてくるぞ!」
言い終わる前に勢いよく立ち上がると,「セリナー! どこー?」と言いながら部屋を出て行った。

 

同期の背中を見送ったのち,なぎさは電子カルテの確認作業に戻った。しかし,静かな時間は5分ともたなかった。ドタドタと足音が近づいてくる。

 

「なぎさー! セリナのオッケーもらったよー! 今週末は,カフェ巡りだー!」
はじける笑顔を抱えて杏奈が帰ってきた。
「よおし,今週も仕事頑張るぞー!!」
やけに強い打鍵音を響かせながら,猛烈な勢いで杏奈が作業を始めた。

 

前の病院にいたときと比べ,なぎさの朝の作業効率は半分以下に落ちていた。
それでも,なぎさは悪い気はしなかった。
「じゃあ,早く仕事を終えて奈良の名所を検索しなきゃだね」
少し微笑みながら,なぎさも仕事のペースを速めた。
慌ただしい一週間が,また始まった。

(次回へつづく)


杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(毎週水曜日更新)

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