第13回 ならまち


明日宮もなか(Twitter:@monaka_asumiya)


(前回はこちらから)

「「「おおぉ」」」
厳かな建物の中に鎮座する大仏を目のあたりにして,3人の研修医は思わず声を漏らした。

 

「いやぁ,おっきいねぇ」
杏奈はギリギリまで近づき,思いっきり見上げている。
「座高だけで15メートルあるらしいです」
なぎさがパンフレットを見ながら補足する。
「奈良県民には見慣れた光景じゃないの?」
セリナが眠そうに目を擦りながら尋ねる。
「小学校の遠足で来るぐらいで,奈良県民でも意外と見る機会は少ないらしいですよ」
なぎさが重ねて説明する。

 

「それにしても,こんなのどうやって作ったんだろ?」
杏奈は額に手をかざしながら,つま先立ちでキョロキョロ観察する。
「えっと,ネットによれば,原型を作り,粘土で外型を作って,その隙間に…」
「ねぇねぇ,大仏の後ろがどうなってるか見に行こうよ!」
なぎさの説明を遮って杏奈が駆けていく。
「外のデカい門柱に戦国時代の銃痕があるらしい。ちょっと探してくるわ」
セリナがスマホを片手にフラッと出ていく。
なぎさは助けを求めるように大仏の顔をしばらく見上げていたが,悟ったかのようなの表情になると杏奈のほうへ歩いていった。

 

今日は,杏奈が急ピッチで計画した“ならまち”散策の日だ。
周りには観光スポットも多く,3人は少し足を伸ばすことにした。

 

大仏殿を堪能してから,同じく東大寺にありお水取りで有名な二月堂に抜け,眺望を楽しんだのち奈良公園の浮雲園地で鹿に鹿せんべいをやった。
寺を改修したおしゃれな茶寮で早めのランチ。
蝉の鳴くなか興福寺の五重塔前で記念撮影。
願いが叶うという観音様に手を合わせ,三条通りで高速餅つきを見たあと,つきたての草餅を頬張り,お目当てのならまちカフェでまったり女子会。
そのまま居酒屋に移動し,奈良の地鶏である大和肉鶏を満喫した。

 

大仏殿では杏奈とセリナの自由奔放さが目立ったものの,残りの旅路は「仲を深める」という目的に十分沿う内容となった。

 

お会計を済ませて居酒屋の外に出ると,杏奈はチラリと腕時計を見た。
朝早くに出てきたこともあり,夕食を済ませてもまだ時間に余裕があった。
「ねぇねぇ,ちょっと寄り道してから駅にいかない? 私のお気に入りの場所があるんだ!」

 

商店街を10分ほど歩き,春日大社の鳥居の脇道に入り,誰もいない道を進んでいくと,池の上に小さなお堂があった。

 

「じゃじゃーん! ここが今日のラストスポット,浮見堂です!」
屋根と柱だけというシンプルな作りの六角堂が2本の橋で池のほとりにつながっていた。
周囲の街灯で控えめにライトアップされる様は,京都とはまた違った趣があった。

 

3人は貸し切り状態のお堂の腰かけに座った。
普通の声で話しても十分に聞こえるほどの距離感。
ほろ酔いの3人には夏の夜風が心地よい。
満腹も相まって,自然と幸せなため息が漏れ出てきた。

 

「杏奈,今日は計画ありがとう,とっても充実してたよ!」
「奈良を堪能できたわ,サンキュー!」
なぎさとセリナの言葉に杏奈は満面の笑みを浮かべた。

 

「杏奈ってさ,コミュ力もあるし,なんかもっと人気病院にいそうなキャラだよね。どうしてこの病院にきたの?」
セリナが尋ねる。

 

「あー,そうね。家族のため…,かな」
少し考えてから,杏奈が遠い目で答えた。
「どういうこと?」
セリナが聞き返す。なぎさも杏奈をじっと見ている。

 

「うーん,わたしね,“おばあちゃんっ子”だったんだ。父親は仕事ばっかりで家にいなかった。母親は病気で早くに他界したから,おばあちゃんに育ててもらった。おばあちゃんは足が悪いから家事の手伝いが必要で,病院は比較的おばあちゃんの家に近かった。でも,そのおばあちゃんも去年に他界した。まぁ,みんなに笑顔になって欲しかったんだよね。うん,ただ,それだけ」

 

なぎさとセリナが杏奈を見る。杏奈は背伸びをしてから勢いよく立ち上がる。
「ほーら,変な空気になっちゃったじゃん。この話題終わり! なぎさちゃーん,将来の進路とか,どんな医師になりたいとか,もうお決まりですかー?」
杏奈はなぎさのもとに駆け寄り,肩を小突く。

 

「え,唐突だな。うーん,まだ悩み中。推論は好きだから内科もいいけど,手技は得意だから救急にしようかとも悩む」
「あー,できる人のナヤミかたですねぇ。ではお次のかたー,セリナは?」
軽く流されて真面目に答えたことを後悔しているなぎさを横目に,杏奈がセリナに話題を振る。
「私は研究派かな。なんか適当に臨床バイトしながら研究するよ。杏奈は?」
「私は…,ファッション科かコンビニスイーツ科がある病院に行きたい!」
「何それー!」
「杏奈らしいね」
なぎさとセリナが笑いながらツッコミをいれた。

 

~飛鳥先生のような医者になれますように~
昼間に祈った願いごとの中身は,杏奈だけの秘密にしておくことにした。

(次回へつづく)


杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(毎週水曜日更新)

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