第14回 クイズ大会―秘密の特訓
明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)
「さぁ! 今日もクイズ大会に向けて特訓しよう!」
杏奈の元気な声が業務終わりの研修医室に響く。
「ねぇ,杏奈って今日,仕事した? どこにそんな元気が残ってるんだよ」
ハイバックチェアに腰かけたまま,セリナが気だるげに杏奈のほうに振り向く。
研修医ナンバーワンをかけた全国クイズ大会の予選は1カ月後に迫っていた。
杏奈・なぎさ・セリナの3人は毎日特訓を行っていた。病院滞在時間が増えたものの,おかげで,なぎさとセリナも完全に研修生活に馴染むことができた。
「さぁて,なぎさちゃん! 今日の特訓メニューはなんですか?」
杏奈が勢いよく,なぎさを指さす。
「今日のメニューは,リアルタイム臨床推論です!」
なぎさが自信ありげに答えた。
クイズ大会の公式SNSには,「模擬患者に問診し,診断名を当てる」という昨年のセッションの様子がアップされていた。問診をする係,検索をする係,診断を考える係に分かれてチームで推論を行うという形式だ。
なぎさが作戦を披露する。
「杏奈は問診係。セリナはネット検索係。そして私は推論係。これが最適な布陣です」
「なるほど~,考えなくて済むから助かる! それで,どうやって特訓するの? あ,なぎさが模擬患者役かなぁー?」
杏奈がなぎさをのぞき込む。
「私が模擬患者をやったら推論の練習にならないよ。答えを知ってないと模擬患者はできないです」
なぎさがいつものトーンで冷静に否定する。
「え,じゃあセリナが患者」
「無理,めんどくさい」
杏奈が言い終わる前に,セリナが食い気味に否定する。
「えー,じゃあどうすればいいの? 練習できないじゃん!」
「大丈夫。セリナが準備してくれてる」
なぎさが自信にあふれる顔で杏奈を見返す。
「いくつかの典型的な疾患の症状をAIと対話できるようにしたよ」
セリナが答える。
「すごっ! ってか,そっちのほうが大変じゃん?」
杏奈が突っ込む。
「患者情報を創作しなくて済むから,こっちの方がラク」
セリナが涼しげに答える。
「よぉし,これで練習が捗るぞ! 頑張ろう!」
杏奈が威勢よく声を上げた。
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5分と経たないうちに,当初の杏奈の威勢は完全になくなった。
「ねぇ,ねぇ! なんでこれ,英語なの? わたし英語が苦手って言ったじゃん!」
「しかたないだろ,世界の共通言語は英語なんだ。自動翻訳でも使って」
セリナが冷たく答える。
「えーっと,うまく情報が集まってこないけど…,診断は,肺炎かな?」
なぎさが答える。
【Answer】Acute Myocardial Infarction
小さな画面に,正答が無慈悲に表示された。
「あー,もう…,ほら,間違えたじゃん。普段だったら心筋梗塞とか間違えないし!」
イライラした様子で杏奈が声を上げる。
「情報収集に問題があったんじゃない? なぎさも咳の情報に引っ張られすぎ」
セリナが分析を始める。
「ねぇー,そもそも,このAIがちゃんと働いてないんじゃなーい?」
杏奈が不満を漏らす。
「まぁ,この状況じゃ情報収集も難しいよね…」
なぎさが場を収める。
「もういいんじゃない,なんとかなるでしょ?」
セリナが練習を早々に終わらせようとする。
「だめ! 私,できる準備はしたい! 優勝して,なぎさの目標を叶えたい!」
杏奈が,なぎさをまっすぐに見つめる。
なぎさの目標はこのクイズ大会で優勝し,有名になってキャリアを掴むことだった。周囲を見返したい,誇れる自分でありたい…,そんな思いがなぎさを動かしていた。杏奈は,なぎさの思いを叶えるべく,同期のために一肌脱ぐ決心をしていたのだ。
「なぎさは来週から外病院で麻酔科研修じゃん? だから,いま練習したいんだ」
いつもはお調子者の杏奈だったが,いつになく真剣な眼差しだった。
「仕方ないなぁ,アタシが杏奈とAIの間に入って模擬患者役をやるよ」
セリナが気だるげにパソコンを操作しだした。
「お! さっすがセリナ! やろうやろう!」
杏奈がいつもの調子ではやし立てる。
「みんな…,ありがとう。頑張ろう」
なぎさも大きく頷いた。
「じゃあまず,プリンで腹ごしらえでもするー?」
「「おいっ!!」」
冷蔵庫を開けようとする杏奈の背中に,二人の厳しい突っ込みが入った。
まだまだ夜は長そうだ。
杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(水曜日更新)
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