第16回 クイズ大会①オンライン予選


明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)


(前回はこちらから)

土曜日の昼下がり,北部医療センターの研修医室に杏奈,なぎさ,セリナが集まっていた。 
今日は,研修医ナンバーワンをかけた全国クイズ大会のオンライン予選日だ。

 

なぎさはデスクに座り,何かをつぶやきながら,お手製のまとめノートを読み返している。
セリナはネット環境を確認しつつ,ウェブカメラやマイクの最終調整をしていた。
一方,杏奈はソファに身を投げ出し,スマホで沖縄の観光情報を見ている。 

 

「ねぇねぇ! 沖縄ではサーフィンとかシュノーケリングとかできるんだって!」
2人からの返事はなく,杏奈の声は研修医室の静けさに吸い込まれていった。
「え〜,無視ですか? 楽しんでいこうよ!」
杏奈は2人に呼びかけるが,セリナがちらりと時計を見ながら答える。
「あと10分で始まるよ,杏奈もそろそろ準備して」
「はーい」
杏奈は大きく背伸びをしてから,頬をパチンと叩いて気合を入れた。
「よぉし,やりますかぁ!」  

 

このクイズ大会は今年で3回目を迎える。主催は急成長中の医療系ベンチャー企業。
オンラインでの予選・準決勝を勝ち抜いた3組が沖縄で開催される決勝戦に進む。現地までの交通費と宿泊費が支給されるとあって,SNSでも話題になっていた。  

 

お気に入りのえんじ色のスクラブを着た杏奈が,セリナのパソコンの前にどっかりと座った。
その右横でライトグリーンのスクラブを着たセリナが頬杖をつきながらマウスを操作している。
なぎさは病院支給の濃紺のスクラブ姿で,少し緊張した表情を浮かべながら杏奈の左後ろに座った。  

 

開始5分前,いよいよオンライン会場への入室が許可された。3人はビデオとマイクをオフにして,アナウンスを待つ。開始時刻になるとオープニングミュージックが流れ始め,沖縄の砂浜の画像が画面いっぱいに映し出された。  

 

「うわぁ,沖縄の海だ! 見せて見せて!」
杏奈が無邪気に画面をクリックする。
「ねぇ,設定変わるからやめてくれない?」
セリナが抑揚のないトーンで指摘する。
「もう日程は確保しちゃったんだから! 待ってろ沖縄,いま行くぞ!」
杏奈が画面に向かって叫ぶと,なぎさが慌てて注意した。
「ねえ,マイク,オンになってませんか…?」
なぎさの顔はますます強張った。  

 

笑いをこらえる男性司会者の声がスピーカーから流れ出した。
『さあ,ええっと,冒頭から参加者の気合が伝わってきましたね! それでは「第3回 研修医No1決定戦! 全国クイズ大会」を始めます。まずは主催者から………』 
マイクをオフにするセリナのクリック音が研修医室に響いた。 

 

~~~~~~~~~~~~ 
オンライン会場には,40組を超える参加チームがログインしていた。
最初は制限時間10秒の2択クイズだった。
冒頭の失態を引きずり,北部医療センターの研修医室は重苦しい空気が漂っていた。それでも,なぎさとセリナの活躍により順調に正解を重ね,準決勝に進める上位6組に滑り込んだ。

 

『さあ,ここからは準決勝! 4択問題となります。2問先取したチームから勝ち抜けで,上位3組が沖縄の決勝戦に進出します!』
司会者の言葉に促され,6つの上位チームが画面に映し出された。
『それでは,各チームの皆さんから一言ずつコメントをいただきましょう!』  

 

北部医療センター以外は全国の有名研修病院ばかりだった。
知識がありそうな眼鏡男子3人組や,元気なハキハキ系研修医,ネットで名前を見たことがある研修医など,それぞれの病院のカラーが出ていたが,コメントは総じて真面目だった。  

 

『それでは最後に,北部医療センターの皆さん,どうぞ!』
司会者に促され,3人はそれぞれ話し始めた。  

 

「皆で有名になりたいです! 沖縄に行きます!」と杏奈。
「優勝,したいです」となぎさ。
「あー,2人に付き合わされているパソコン担当者です」とセリナ。  

 

『いいですね! 個性がギュッと詰まってますねぇ。それでは,問題に移りましょう!』
司会者の無難な相槌のあと,いよいよ準決勝がスタートした。  

 

準決勝の問題はひねられた内容が多く,各チームの正答率は下がった。
第3問で関東の病院チームがいち早く2問正解し,勝ち抜けを決めた。
第5問が終了した時点で,九州の病院チームも勝ち抜けを決めた。
残る4チームのうち,北部医療センターと四国の病院が1問正解で並んでいた。  

 

次の問題で決着をつけたい3人は,画面を食い入るように見つめた。
『さぁ,残る椅子はあと1つ! それでは次の問題です! 第6問!』  

朝に納豆を食べた中年男性が夜にアナフィラキシーをきたした。この病歴から予想される,この患者の趣味はなにか?
(A)サーフィン
(B)ラフティング
(C)グランピング
(D)サイクリング
 

 

「わからない…」
なぎさが泣きそうな顔でつぶやく。
「趣味とか知らんし…」
セリナも困ったように天井を見上げる。
回答制限時間が迫る。
3人の顔に焦りの表情が浮かぶ。 
「もう,勘でいい? いくよ! う~ん,サーフィン!」
回答時間ギリギリで杏奈がクリックした。  

 

各チームの回答が画面に映し出される。
「他のチーム,みんなグランピング選んでるよ…」
セリナが力なくつぶやく。  

 

『さあ,運命を分けるこの問題…,正解は,Aのサーフィン! なんと,なみいる有名研修病院を押しのけて北部医療センターチームが勝ち抜け決定です!』  

 

「「「うわぁー!!!」」」
奇声にも近い歓声が研修医室にこだました。  

 

「すごい! 杏奈,どうしてサーフィンにしたの?」
なぎさが興奮気味に尋ねる。
「え,沖縄っぽいから!」
スマホ画面を見せながら,杏奈がはにかんだ。
「さすが奈良県民,海への憧れが半端ないね」
セリナが笑いながらつぶやいた。  

 

見事にビッグウェーブをつかんだ3人の沖縄行きが決定した。  

(次回へつづく)


杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(水曜日更新)

 

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