第17回 クイズ大会②決勝戦(前編)

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明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)


(前回はこちらから)

足元には真っ白な砂浜。眼前には空と海が青く溶け合いどこまでも続いていく。
風に揺れるヤシの葉の音が耳に届き,潮の香りと熱気を帯びた風が肌を撫でる。
五感が,南国への到着を告げた。

 

「ねぇ,なぎさぁ! そろそろ来れそうー?」
杏奈がビーチボールを追いかけながら声をかける。
「まだ酔いが治らないのか? クスリ飲まなかったの?」
セリナも合わせて声をかける。

 

「もうちょっと休ませて…。それに,いまは少しでも知識の確認を…」
なぎさは白のカットブラウスとベージュのスラックスにシンプルなパンプスという,およそビーチには似合わないファッションのまま木陰のサンベッドに横たわり,南国を楽しむ余裕もなく,か細い声で答えた。

 

もともとはビーチ近くのカフェでクイズ大会の最終打ち合わせをするはずだった。
しかし飛行機酔いで,なぎさが動けなくなった結果,予定が急遽変更となり,杏奈のペースにひきずられるまま空港からビーチに直行することになってしまったのだ。
緊張感のない2人の姿を横目に,なぎさは頭を押さえて目を閉じた。

 

なぎさが頬を撫でる浜風で目覚めたのは,集合時間の30分前だった。
大急ぎで荷物をまとめ,セリナが首尾よくアプリで手配したタクシーに乗り込む。
最後に飛び乗ってきた杏奈は,売店で購入した地元で有名なアイスをなぎさに手渡した。
「あのぉ,体調とか,その,いろいろ,大丈夫?」
若干冷えるタクシーの車内で,杏奈がちらりと無言のなぎさを見ながら尋ねた。
「本番前に,ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかなぁって反省してるんだけど…」
一足先に海を満喫した2人を一瞥すると,なぎさは無言でアイスを口に運んだ。

 

「あー,ほら,今日はなぎさにとって大事なイベントだってわかってるし,私も特訓の成果を発揮して,できるだけ力になりたいって思ってるよ! だから,そのぉ,ほら,沖縄パワーで頑張ろぅ!」
杏奈の掛け声は,オーディオから流れるラジオの音声とともに車内をむなしく漂流した。

 

なぎさの頭はクイズ大会のことでいっぱいで,心の余裕はなかった。
今回のクイズ大会は全国の研修病院から選抜されたチームが競い合う。
3病院で競われる決勝戦の様子はネット中継があり,複数のメディア取材もある。
なぎさはここで優秀な成績を残し,周囲を見返したいというのが当初の参加目的だった。
「(このチャンスをものにしなきゃ…)」
その思いが,なぎさの胸に重くのしかかっていた。

 

沖縄到着後の一連の流れは少し腑に落ちない部分はあるものの,体調不良は自分のせいなので仕方がない。本番前にできるクイズ対策などたかがしれていると頭ではわかっており,ここまで付き合ってくれた同僚たちに内心,感謝していた。

 

会場に着くまで,なぎさは無言でアイスを食べ続けた。沖縄の素材を使用したさっぱりとしたフレーバーは舌触りがよく,車酔いの防止と機嫌回復には十分だった。

 

那覇市内の会場には集合時間ギリギリに到着した。
メイン会場となる貸しスタジオには配信機器がすでにセッティングされていた。
「よろしくお願いします,奈良から来ました北部医療センターチームです」
先に会場入りしていた主催者や他チームの研修医たちとあいさつを交わす。

 

杏奈は持ち前のコミュ力を発揮して,すぐに他チームの研修医と談笑し始めた。
セリナは配信機器を一通り眺めたのち,Wi-Fiの設定に取り掛かった。
ほどなくして本日の出題を担当するドクターが会場入りした。
「あ,本物だ…」
出題者のなかに著名な医師を見つけ,なぎさが小さく声を上げる。
「え,誰?」
ちょうど自席に戻ってきた杏奈がのんきに尋ねる。
「『頭を使え!難解症例100本ノック』の著者だよ。このまえネット講演もしてた!」
なぎさが興奮気味に答える。

 

開始5分前のアナウンスが流れ,3人の顔つきが徐々に本気モードへと切り替わる。
会場全体の緊張感がピークに達し,鼓動が耳にうるさく響く。
穏やかな南国ムードを破るように,ついに決勝戦の幕が上がった。

 

対戦相手となる他の2チームは全国から医学生が殺到する超人気病院だ。
東京の千都(せんと)国際病院は全国のエリートが集うと評判の病院だ。
福岡の新月(にいづき)医療センターも有名な指導医と手厚い指導体制で有名だ。
見た目だけは負けられないと,杏奈たちもおそろいのスクラブを新調して臨んだ。

 

決勝戦は全国の有名ドクターが症例を提示し,各チームで臨床推論を行うという内容だ。
1問あたり30分で合計3問。ネット検索も可という条件だった。

 

1問目は高齢女性に生じた原因不明の腹水の症例だった。
「腎機能障害がある」
「認知症があれば腹痛は不明瞭かも」
「既往に子宮がんがあるね」
各チーム苦戦するなか,杏奈たちもこの数週間でため込んだ知識で必死にくらいついた。

 

「えーっと,TAFRO!」
「血小板は正常よ」
「典型的な報告例とは違うね」
「えーっと,結核!」
「既往はないみたいね」
「膀胱がん治療で使うBCGでも腹膜炎をきたすケースがあるらしい」
「このケースは子宮がんね」
杏奈が直観的に鑑別を挙げ,なぎさが吟味し,セリナが根拠を探す。
この数週間の特訓の成果で,チームワークは確実に向上していた。
何度もこのサイクルを繰り返すうちに,徐々にそれらしい候補が挙がってくる。

 

「…あ,膀胱破裂は?」
なぎさがふと口にする。
「えぇ,膀胱って破裂するの!」
「爆発するわけじゃないよ」
杏奈となぎさの漫才のような会話にセリナが検索結果をねじ込ませる。
「お! ネットの症例報告と似てそうだ」
「「「…これでいこう!」」」

 

かくして北部医療センターチームは「膀胱破裂」と回答した。
1問目は全チームとも同じ回答となり,全チーム見事に正解した。

 

2問目は稀少疾患を答えさせる超難問で,全チームとも外した。
なぎさは非常に惜しいところまで推論を進めていた。
出題者からも称賛の言葉が送られたが,正答にはあと一歩及ばなかった。

 

次の3問目が勝敗を分ける問題となる。
「ほらぁ,他のチームも間違ったわけだし,大丈夫大丈夫! 次,頑張ろう!」
杏奈が元気に声をかける。持ち前の明るさに,沈みかけていたチームの士気が戻る。

 

改めて集中し直した3人は,運命の最終問題に臨んだ。

(次回へつづく)


杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」 をチェック!!(水曜日更新)

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