第18回 クイズ大会③決勝戦(後編)
明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)
「ううん,わからん!」
最終問題を前に,杏奈が苦しみの声をあげた。
決勝戦が始まってからすでに1時間が経過している。
長時間の集中と緊張感がチーム全員の体力と思考力をじわじわと奪い始めていた。
クイズ大会の決勝戦はオーソドックスな症例問題形式で行われた。
メイン会場で問題提示がなされると,各チームは3つの小部屋に分かれてディスカッションを行い,制限時間の後にメイン会場に戻って解答を披露するスタイルだ。
かつては大会場を貸し切って開催され,多くの参加者が現地に集まったが,数回前から一般参加者はオンライン視聴に切り替わった。
各チームがディスカッション中に使用するホワイトボードはメイン会場とオンライン会場にも中継されている。出題内容に対して視聴者も自由にチャットで議論ができ,メイン会場に控える出題者およびコメンテーターから音声で解説が入るシステムだ。
現地参加の人数は少ないものの,画面越しの熱い視線も相まって,会場は沖縄イチの熱気に包まれていた。
最終問題は「各種自己抗体陰性の不明熱」の症例だ。
チームディスカッション開始から20分が経過し,制限時間まで残りわずかとなった。
「うーん,最終問題だし,絶対なんか変な病気だよ」
杏奈が嘆く。
「病歴に何かヒントがあるはず…,血液培養は陰性だよね?」
なぎさの声に焦りが滲む。
「2日間だけど抗菌薬を使ったはず。せめて培養は採ってほしいな」
セリナはネット検索を続けながら飄々と答える。
「まぁでもさぁ,処方するまでにきっといろいろあったんでしょ? もう,リンパ腫か血管炎か,そのあたりじゃない? 謎の筋肉痛もあるみたいだし,不明熱ってだいたいこのあたりの病気じゃん? 多分,これ,血管炎だよ! ホンモノはみたことないけど…」
「抗菌薬のせいで血培が生えてないだけで,実は感染症ってパターンじゃないかな…」
「そういえば,腹部造影CTの提示が丁寧だった。しかも,あえての動脈相。動脈壁肥厚や動脈解離はない。膿瘍なら後期相を出すはずだし…」
おのおのが頭の中を共有する。
「えー,深読みしすぎじゃない? 大動脈炎や大動脈解離じゃないって言いたいだけじゃないの? それか,ちっちゃい動脈瘤でもあったりして?」
「それかも! ほら,感染性心内膜炎って,脳動脈瘤とか作るし。実はこの血管の小さな凸凹が動脈瘤で,抗菌薬を切ってから血培を採り直したら生えてくるパターンじゃない?」
「まあ,たしかに,そういう報告もなくはないね」
「残り2分です。各チームは解答をまとめてください」
司会者の掛け声が伝令を通して各チームに伝わる。
3人が顔を見合わせる。
「なぎさ,ここはなぎさがこれだって思う病名がいいと思うよ。優勝して有名になって,皆を見返してやろう!」
杏奈が真剣な眼差しでなぎさを見つめる。
「アタシは沖縄を満喫できたからもう十分。なぎさが選ぶのがいいと思うよ」
セリナが澄ました声で答える。
「2人とも…,ありがとう。そしたら…,これで行こうと思う」
制限時間となり,各チームがメイン会場に戻ってきた。
机だけが準備された簡素な作りの解答コーナーに各チームが整列し,おのおのが緊張の面持ちで解答用のスケッチブックを手にする。
「各チーム1問ずつ正解の状態なので,この問題で決着がつきますね。それでは,運命の解答です。各チーム,最終診断名をお書きください!」
司会者の掛け声で各チームがペンを走らせ,スケッチブックに大きく病名を書く。
静寂を切り裂くように司会者の声が響く。
「さぁ,では見て参りましょう! フリップを見せてください。せーの,じゃん!
新月医療センターチームが『血管内リンパ腫』,
千都国際病院チームが『結節性動脈炎』,そして
北部医療センターチームが『感染性動脈瘤/菌血症』という解答です」
「さて,それでは正解を発表しましょう。正解は…『結節性動脈炎』! ということで,千都国際病院チームの優勝です!!!」
中央スクリーンに,千都国際病院のチームメンバーが大きくズームアップされた。
中央の男性が大きくガッツポーズを掲げ,両隣のチームメイトは高くハイタッチをした。
他の出場者たちは悔しそうな表情を浮かべながらも,お互いの健闘を称えるように大きな拍手を送っていた。
ただ一人,なぎさは目の前の机に両手を付き,下を向いたまま固まっていた。
出題者からの症例解説に続き,出題者と出場者の挨拶の時間となった。
他チームの挨拶が終わりに差し掛かる頃になっても,なぎさはずっとその姿勢だった。
杏奈はなぎさの背中に手を置き心配そうに覗き込んでいる。
そして,北部医療センターチームの番が回ってきた。
「えーそれでは,北部医療センターチームの皆さんの感想を頂こうと思うのですが,えーっと,湯之原先生,大丈夫そうですか? 大健闘されていたと思いますし,出題者の先生方やコメンテーターの皆さんも,副音声のほうで湯之原先生の思考力を高く評価されていたのですが…」
司会者が申し訳なさそうな表情を浮かべながら,話を振った。
「はい…,ええと…,すみません…」
なぎさが話し始めた。
「登美山さんは,血管炎かもって言ってくれていたんです。でも,私が…」
なぎさは声を詰まらせ,人目をはばからず大粒の涙をこぼしだした。
「あー,えっと,湯之原先生を含め,私達もそれなりに準備を頑張ってきたので,優勝を逃してとっても悔しいんですけど,私はいままで全然勉強してこなかったので,2人と一緒に勉強させてもらって,沖縄までこれて,よかったなって思ってまーす!」
マイクを奪った杏奈がぎこちない笑顔で答える。
「アタシは沖縄に来れたんでよかったです。楽しかったです。ありがとうございました」
セリナがさっぱりと答えつつ,横目でなぎさを心配そうにちらちらと見ている。
「でも…,2人に,申し,訳なくて…,でも,貴重な,機会を,あり,がとうござい,ました」
なぎさが何とか呼吸を整えながら,お礼の言葉を述べた。なぎさの横顔がメインスクリーンいっぱいに映し出されていた。
「感動の涙! これぞ青春ですね。それでは決勝戦はこれにてお開きにさせていただきましょう! 会場の皆様,オンライン参加の皆様,ありがとうございましたー!!」
司会者の掛け声で,決勝戦は幕を閉じた。
~~~~~~~~~~~~
「あ,湯之原先生! ネット記事見たよ!」
「湯之原先生,じつは意外とアツいタイプなんですね」
「あ,その,すみません,はい…」
それから数日後,なぎさは院内でもちょっとした有名人になった。
なぎさの涙は大きくクローズアップされ,医療系の各種情報サイトで顔写真とともに掲載された。記事は瞬く間に拡散され,結果的に優勝病院よりも有名になってしまった。
急に有名になってしまったなぎさはなんとなく肩身が狭く,悪いことをしたわけではないのに,一日中「すみません…,すみません…」と謝りながら過ごす羽目になった。
その日の午後の業務は忙しく,仕事の早いなぎさでも少し残業が必要だった。
研修医室に戻ると,扉には「専攻医募集!」「医局説明会!」の張り紙が所狭しに貼られていた。
「もうそんな時期か…」
ひとしきり眺めたあと,なぎさが研修医室の扉を開くと,暗がりの中でソファーに座りながらスマホを触っていた杏奈が勢いよく顔を上げた。
「おぉ! 有名人の登場ー! 今のうちにサインもらってもいいー?」
杏奈がなぎさのネット写真を表示させながら,無邪気に問いかける。
「もう,杏奈まで…。やめてください」
なぎさが少し不機嫌な顔つきでデスクに戻る。
「あー,ごめんごめん。あー,なぎさ,いろいろ,大丈夫そう?」
「何が?」
「いや,ほら,誘ったのは私だけど,なぎさは優勝目指して頑張ってたじゃん? 優勝できなくて,あの日はずっと落ち込んでたから…」
「うん,大丈夫。私が不勉強だった。いまはもっと頑張ろうって思えてる」
「いやぁ,私からすれば,十分デキレジだけどねぇ。でも,それなら良かった!」
「杏奈,ありがとうね,誘ってくれて。優勝はできなかったけど,楽しかった。来年度の研修先も,そろそろ探さなきゃ」
「結果的に,なぎさは有名になれたから大丈夫! やっぱりサインを…」
「まだ言う?」
「ごめんごめん!」
ひとしきり笑いあったあと,スマホを見ながら杏奈がつぶやいた。
「ねぇ,なぎさ。次は皆で優勝できるといいね」
「えー,もう大会とかないでしょ?」
「そう,だね。」
「さて,今日は疲れたし,私帰るね。杏奈はまだ残るの?」
「うん,もうちょっとだけのんびりしていく」
「わかった。じゃあ,お先。お疲れさま。ね,この部屋暗くない? 電気つければ?」
「うん,ありがとう。もうすぐ帰るから大丈夫! お疲れさま!」
杏奈はなぎさを目で見送ったあと,そのまま扉のチラシをぼんやりと眺めていた。
しばらく静寂に身を任せたあと,再びスマホに目を落とした。
慣れた手つきで,ウェブブラウザからメッセージアプリに切り替える。
====================
<父
〔メッセージの送信を取り消しました〕
〔メッセージの送信を取り消しました〕
6/13
臨床研修は北部医療センターにしなさい
〔メッセージの送信を取り消しました〕
〔メッセージの送信を取り消しました〕
7/22
…わかった。
〔メッセージの送信を取り消しました〕
〔メッセージの送信を取り消しました〕
3/14
国試,受かったよ。
〔メッセージの送信を取り消しました〕
〔メッセージの送信を取り消しました〕
10/12
[音声通話 1:58]
〔メッセージの送信を取り消しました〕
〔メッセージの送信を取り消しました〕
8/16
「元気ですか? 私は頑張っています。
先日,研修医のクイズ大会に出ました。
優勝はできなかったけど,決勝まで
進むことはできました」
====================
送信からすでに数日たったが,メッセージは宙に浮いたままだった。
しばらく画面を見つめていたが,小さな期待を指で捩じり消すように,杏奈はいつもと同じ操作を実行した。
====================
〔メッセージの送信を取り消しました〕
====================
「ここに来て,よかったとは思ってるよ…」
ふと漏れ出た言葉は,空っぽの研修医室にただ響き,そして消えていった。
(次回へつづく)
杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」 をチェック!!(水曜日更新)
こちらの記事の内容はお役に立ちましたか?
本ページの「役立った!」機能をお使いいただくには
「有料記事の購入」「アクセスコードの登録」などを行い
記事の閲覧権限を得ていただくことが必要です。
※記事により、指定の医療関係者(医師、看護師、コメディカルなど)以外は
お使いいただけない場合もございますのでご了承ください。
この記事の連載「サバイブ・レジデント」をフォローしますか?
連載の更新がマイページから確認できます。
この記事の連載「サバイブ・レジデント」のフォローを解除しますか?