第20回 医学生実習

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明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)


(前回はこちらから)

 

「えーっと,今日から4週間お世話になります! 平城医大5年生の平端悠輝(ひらはた ゆうき)です! 大学病院以外の病院実習は初めてなので緊張しますが,精一杯頑張りますので,どうぞよろしくお願いします!」

 

来客用に整えられた研修医室に,よく通る張りのある男性の声が響いた。丸みを帯びた優しい印象の輪郭に,すっきりと刈り上げられたサイドとやや長めに残されたトップが特徴的なツーブロック。背丈は170cmくらいで,マスク越しにも緊張した面持ちがはっきりと見て取れたが,その真摯な態度はすぐに好印象を与えた。

 

「登美山杏奈です! 平端くんとは一緒に行動することが多いと思うから,よろしくねー!」
「ミニレクチャーを担当する,湯之原です」
「セリナです。アタシは空気みたいなものだから,気にしないで」

 

三者三様の自己紹介に,平端はその都度,律儀に頭を下げて笑顔を見せる。

 

「はい,質問! 平端くんは,なんでこの病院に来たのー?」
杏奈の屈託ない問いかけに,平端は少し照れたように視線を泳がせた。

 

「えーっと,実はこの前のクイズ大会を見て,すごく感動しまして……」
「えーっ! ほんとぉ!?」
「本当ですよ! なんていうか,最後,あの,湯之原先生が悔し涙を流されているところとか,すごく青春っぽくていいな,って思ったんです!」

 

目をキラキラさせて身を乗り出す杏奈の隣で,なぎさは顔を赤らめながら俯いた。

 

「しっかり実習ができそうだと思って,急遽教授にお願いして実習先を変えてもらいました。これまで部活しかしてこなくて勉強は苦手なんですが,精一杯頑張ります!」
「はい,追加質問! 部活は何をしていたんですか?」
「軟式テニス部です」
「一緒だー! テニスいいよね! まぁ、私は硬式なんだけどね。よろしくね!」
「はい、よろしくお願いします!」

 

屈託のない笑顔を残し,平端は教育研修センターの事務員に連れられて院内案内へと出ていった。彼の溌溂とした声が遠ざかるにつれて,研修医室には再び穏やかな静けさが戻る。

 

北部医療センターに医学生が実習に来るのは数年ぶりのことだ。医学生は6年間の学生生活のうち,およそ1年半から2年程度を臨床現場での実習に費やす。その多くは自大学の附属病院で行われるが,地域医療の現場を知るため,平城医大では数カ月だけ市中病院での実習を選択することもできた。

 

この4週間は,飛鳥が組んだスペシャルカリキュラムに則って実習が行われることになっていた。「共通内科研修」と称されるそのカリキュラムは,ERで担当した内科系の患者をそのまま指導医と共に病棟で担当するシステムだ。そして,今回は指導医のほかに「お世話係」として研修医の杏奈となぎさが任命され,二人も平端と一緒に4週間の共通内科研修を実践することになっていた。

 

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一週間もすると,平端もすっかり北部医療センターの雰囲気に慣れていた。平端自身の積極的な姿勢はもちろん,杏奈の卓越したコミュニケーション能力や,細やかな気配りのおかげで,彼はスムーズな実習生活を送ることができていた。

 

平端の一日は,指導医との回診で始まる。午前中は病棟担当患者の治療方針について考えながらカルテをまとめ,昼前に指導医のチェックを受ける。その過程で生まれた基礎的な不明点は,なぎさがランチタイムにミニレクチャーとして解説した。昼からは日によってERやカンファレンス,処置見学などがあり,夕方には毎日,杏奈による丁寧な振り返りが実施された。

 

なぎさのレクチャーは「輸液,抗菌薬,X線,輸血,栄養,電解質」など多岐にわたるものの,なぎさの理論的かつ端的な説明をベースに,適宜,杏奈が具体的な比喩を交えたり,巧みに要約を加えたりすることで,学生が退屈する隙を一切与えなかった。

 

一方,火曜日の午後に隔週で開催される「内科グランドカンファレンス」は,病院の伝統的な症例検討会だった。各科の指導医が意地をかけて選りすぐった難症例が提示され,研修医と学生は最前列に座らされ,ひたすら質問攻めにされるのが伝統となっていた。なぎさは必死に食らいついていたものの,杏奈ははじめから諦めており,平端は完全に萎縮しきっていた。そんななかでも,杏奈の温かい振り返りのおかげで,平端はなんとかモチベーションを保ちながら実習を継続することができていた。

 

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2週間が経った頃。時刻はすでに18時を過ぎていた。学生である平端は17時には解放され,セリナは安定の定時帰りをしていたため,研修医室には杏奈となぎさだけが残っていた。

 

「ねぇ,なぎさぁ,カルテ書けた?」
「もう少し。杏奈は?」
「全然…。後輩を優先すると,自分の仕事がどうしても後回しになっちゃうよねぇ」

 

杏奈はそう言って,疲れたように大きく伸びをした。

 

「教えてみて思うけど,普段私たちを教えてくれる指導医の先生方には感謝だよね」
「でもさ,今回は他の先生たち,全然かまってくれてないじゃん。ぶっちゃけ,私たちのほうがよっぽど指導医してるよ」

 

杏奈が半ば冗談めかして言った言葉に,なぎさは小さく笑った。

 

「まあ,そうかもね。でも意外と私は,医学教育って好きかもしれない。杏奈も,なんだか楽しそうだけど」
「うーん,まぁ……,割と好きかも!」

 

杏奈は少し照れたように頬を掻いた。

 

「飛鳥先生,それも見越して私たちに依頼したのかな」
「そうかもね。あ,そうだ,なぎさ,動脈採血のこと聞いてもいい?」
「なに?」
「いま平端くんがちょっとスランプで,なかなかうまくいかないみたいなんだよね。なぎさ,すごく上手だからさ,何かコツとかあるかなぁと思って!」
「うん,いいよ。彼,どんな感じ?」
なぎさは即答した。
困っている後輩を助けたいという気持ちは,なぎさも同じだったのだろう。

 

患者のために力を尽くすのは研修医として当然のこと。でもこうして困っている後輩のために時間を使うことに,杏奈となぎさは新たなやりがいを感じ始めていた。

(次回へつづく)


杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(水曜日更新)

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