
明日宮もなか( X:@monaka_asumiya)
(前回はこちらから)
医学生の平端の短期実習も残すところあと数日。昼をすぎて人もまばらになった院内食堂に,平端と,研修医の杏奈,なぎさ,セリナの4人が向かい合って座っていた。普段は自席で昼食を済ますセリナも,平端の実習最終週だからと杏奈に引っ張られて同席した。
今日の日替わり定食はミックスフライだ。まだ熱気を帯びた揚げ物を前に,平端がぽつりと言う。
「もうすぐ最後かと思うと,寂しい気持ちになりますね」
「日替わり定食が食べられなくなること?」
なぎさが真顔で返してきた。
「あ,いやいや! この病院での実習のことですよ!」
「ほんと,あっという間だったよねぇ。そういえば平端くん,進路はどうするの?」
杏奈がエビフライをほおばりながら尋ねる。
「まだ5年生ですし,これから病院見学をして決めようかなと」
「そうだよねぇ。わたしも人に聞く前にまず自分が決めなきゃって焦ってるとこー」
杏奈が苦笑する。
「興味を持てそうな診療科はあった?」
なぎさが追加で尋ねてきた。
「最近は総合診療に興味があります。いま放送されている『19番目のカルテ』という,総合診療医がテーマのドラマが面白いんです」
「さすがぁ平端くん! いやぁほんと,主人公がカッコいいよね!」
杏奈は目をキラキラさせながら返事をした。
「ふーん。カッコイイのは,俳優? それとも,キャラクター?」
杏奈を横目にみながら,なぎさが素早く応答する。
「え,あー,いや,その……どっちもです!」杏奈が慌てて言う。
なぎさが視線を戻すと,頬杖をついたままわずかに口角を上げているセリナの顔があった。
なぎさは,ばつが悪そうに下を向く。
「そういえば,主人公の診療の様子って飛鳥先生に似てません?」
平端が話題を切り替える。
「あ,それ! わたしも思ってた!」
杏奈がすぐに食いついた。
「たしかに。患者さんの話の聞き方とか,他の先生との関わり方とか,似てるよね」
なぎさも同意する。
「飛鳥先生なら知ってるかなと思って『総合診療ってどんな感じかご存知ですか?』って聞いたら論文を紹介してくれて,『患者さんにとって一番いい形』と『病気にとって一番いい治療』の両方を見据えてうまく調整するのが総合診療なんだって!」
杏奈はイカフライを箸で持ち上げ,自慢げに語った。
「それたしか,ネットに解説記事が載ってましたよね,僕も最近,見た気がします」
「平端くん,なにげに勉強家だよね」
なぎさが感心しながらコメントする。
「いえいえ,興味があっただけで」
照れながら平端が答える。
「その記事,わたしも見たい! 送ってー」
「じゃあ私にもお願い」
杏奈のお願いに、なぎさも便乗する。
セリナは我関せずという具合で飄々とサラダを口に運んでいる。
平端がすぐに2人のSNSにURLを貼ると,それぞれスマホを覗き込んだ。
「あー,これこれ! 診療を『問題設定』と『問題解決』に分けるって飛鳥先生も言ってた!」
杏奈が画面を指さす。
そこには,患者にとって最良な状態を見定め取り組むべき問題を決める「問題設定」と,その人が抱える健康問題にとって最良の対処法を選び実行する「問題解決」の方法が解説され,その両輪を回すことで患者にとって最適な状況を共創する総合診療医の仕事内容が解説されていた。
「難しいケースを考えたり,いろんな問題のバランスに配慮したりする『問題解決』の部分って,なぎさも好きだよね? ドラマの主人公と,なぎさが考えてる姿が一瞬重なった気がした!」
杏奈が無邪気に話題を振る。
「え! いや! そんな! でも,うれしい,です…」
なぎさは少しうつむき,顔を赤らめながら答えた。
「杏奈先生は,この『問題設定』を大事にされている気がします!『そもそも』とか『その人にとって』とか,よくおっしゃってますし」
「ほんと? じゃあ,わたしもこの俳優さんみたいになれるかなぁー!」
平端の感想に杏奈が満面の笑みで答える。
「なぎさもその俳優みたいになりたいんだろー,っ痛っッ!」
軽口をたたくセリナに,なぎさが机の下で鋭く足蹴りを食らわせた。
「なぎさぁ,なんかさっきからソワソワしてない? 何かあったー?」
最後にとってあったホタテフライをほおばりながら杏奈が尋ねる。
「別に,特には…」
視線をそらし,最後のひとかけらを口に運ぶも,2人の心配そうな表情とセリナのニヤついた視線に耐え切れず,なぎさは小さなため息をつく。
「…この俳優さんが,私の推しだから…ちょっと嬉しかっただけ!」
「え?」
思わぬ言葉に杏奈と平端の視線がなぎさに集まる。
顔を赤らめたなぎさは勢いよく立ち上がり,トレーを持って足早に歩き出す。
「さ,午後の仕事に行きましょう」
「えー! ちょっと待って,早く言ってくれたらいいのにぃ,知らなかったよぉ!」
杏奈が追いかけながら絡みにいく。
何事もなかったかのようにセリナも遅れて席を立つ。
平端は残りのごはんをかきこむと,慌てた様子で3人を追いかけた。
「ねぇねぇ,いつからファンなの?」
すごい速度で食堂を横切るなぎさに,杏奈が後ろから話し続ける。
「私,箱推しだから大丈夫! なんなら“神様”のほうのカルテも好きだよ! もっと語ろうよー!」
「いやです!」
「なんでよぉー!」
「恥ずかしいから!」
「いいじゃん,カッコよさを語り合おうよぉー!」
なぎさを追いかけながら,杏奈の胸中に先ほどの質問が改めて思い浮かぶ。
―俳優? それとも,キャラクター?―
推しの俳優が演じるのは,尊敬する上司に似たキャラクターの医師。
その偶然に,杏奈は食後の温かさとともに,胸の奥がじんわりと満ちていくのを感じていた。
(次回へつづく)
杏奈と仲間の青春研修生活を描く「サバレジ」,次回もお楽しみに!
飛鳥の指導で成長する杏奈の様子は天野雅之先生の「臨床現場の仕事術」をチェック!!(毎月1回水曜日更新)

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