【第7回】医者の私 vs 医者以外の私
―公私混同のその先へ①(岩瀬 翔)

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【今回の書き手】
岩瀬 翔(前・青ヶ島診療所、多摩総合医療センター総合診療科/医師)

前回の「手紙」はこちら

※本連載は書き手が交互に入れ替わる「往復書簡」のスタイルで進めていきます。詳細は連載趣旨をぜひご覧ください。

あやかさん、こんばんは。お元気ですか?
青ヶ島は、風の強い夜です。集落は標高250mと高いところにあり、冷たい風が窓を強く揺らしています。
この前の手紙はスキマスイッチの「ボクノート」でテンションを上げながら書きましたが、今日は最近見つけたジャズをかけて心を落ち着けながら書いています(笑)。


最近の私は、出島して東京都心に出た時に、パートナーが牡蠣にあたり、看病をしていました。おそらくノロウイルスだったと思います。
そばに居てあげたかったのですが、「感染症を島に持ち帰るわけにいかない」という緊張感もあり、クリニックの受診や食事を出す時くらいしか話を聞けず、寂しい思いをさせてしまいました。

 

「島で唯一の医者」という自覚をもつと、特に島の中では常日頃から健康に気をつけることが多く、ここ数年はそこまで体調を崩さずに過ごせています。
それでも診療所の外では、「医者以外の私」として過ごしたい時もあります。自分を出してよい相手やタイミングについて、島を移るたびにだいぶ悩んできました。

 

あやかさんの職場では地域住民のみなさんとの共同イベントを行っており、そこでは「誰が患者さんで誰がスタッフかわからない」と書いていましたね(第4回)。そのような場を職場でデザインできることは、とてもうらやましいなと思います。

 

離島のような狭い社会では、「医者の岩瀬」の一面だけを見る人もいて、診療所の外であっても「医者のくせに〇〇をしていた」といった声が聞こえてきます。直接ではなく間接的に聞こえてくることも、むずがゆいところです。

 

ひとの目を気にして、常に「医者の私」と「医者以外の私」が葛藤している状態は、正直、苦しいです。
常に「医者の私」であろうとすれば、島の人々は誰もが常に「患者さん」でしかない状態にもなりかねませんよね。でも、ほとんどの地域の方々は自分が「患者さん」という役割だけで見られたいと思ってはいないように感じます。

野趣あふれる式根島の温泉。
裸の付き合いは、「先生」と呼ばれたとしても、「人間同士」として対等に接してくれていると感じられる機会となる。

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